新語「尊い」を使いこなせ

真野てん

第1話

 ときは西暦3021年。

 皇紀にして3681年になるこの年、日本は再び上代ブームが巻き起こっていた。


「ちょっときょうの髪型すっごくいい~。超みこといじゃ~ん!」


「分かる? きのう駅前の美容院で角髪みずらにしてもらったんだ~」


 これはごく一般的な中高生の会話である。

 角髪――。

 上代、すなわち飛鳥時代後期から奈良時代を指す時代区分において、成人男性のする髪の結い方であるとされている。

 長く伸ばした髪を頭の中央から左右に分け、両耳のしたあたりで輪っかを作って結んだものである。

 平安時代になると成人男性は烏帽子えぼしをかぶるようになり、角髪はもっぱら未成年の男児のする髪型となった。


 日本神話においてはイザナギやスサノオ、またヤマトタケルなどもこの髪型で描かれることが多いため、この時代の少年たちには憧れのスタイルなのである。


「そっちこそかわいい勾玉まがたましてんじゃん。もしかしてHIMIKO=MORIの新作?」


「わかるぅ? 親におねだりして買ってもらっちゃったぁ」


「やっぱりね。月刊ワジンデンの今月号でグラビア出てたも~ん」


 勾玉。

 古代日本における装身具のひとつである。

 語源として有力な説とされる「曲がった玉」が示す通り、多くは「Cの字」の形に湾曲した、玉から尾が出たような形状をしている。

 皇室に伝わる三種の神器のひとつ、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまがもっとも有名だが、どのような姿をしているかは31世紀となったいまでも定かではない。


 また動物の胎児の容姿にもたとえられ、生命の神秘をつかさどるとして、多くの創作物においてマジックアイテムとしても登場する。


 普通にアクセサリーとして可愛いのはもちろんのこと、パワーストーンとして身に着けている女性も多い。ちなみにHIMIKO=MORIは日本人デザイナーのもりヒミコが立ち上げた人気ブランドである。


みこといわ。超尊い」


「ツクヨミよりもウズメ寄りの尊さよね」


「自分で言っちゃうんだ」


「あら、アマテラスって言わないだけ謙虚よ」


「あはは」


 この時代のジョークである。多いに笑っていただきたい。


 さてこの尊いという形容詞であるが、もちろん昨今出来た新語である。

 いわく古代貴人を指して使われた『みこと』という尊称に「い」をつけた、名詞の形容詞的用法であるという。

 それは流行りの若者言葉にとどまらず、世間一般にまで普及している。


「凄いですね部長、天叢雲剣あめのむらくものつるぎバージョンKa.じゃないですか」


「分かるかね?」


「もちろんですよ。自分も夏のボーナスで買おうと思ってたんですよ」


「おお、そうかそうか。じゃ、ちょっと構えてみたまえよ」


「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて――すげえ……なんだこのフィット感」


「さすがはバージョンKa.だね。オロチ退治に特化した拵えになってる。来週、専務と山狩りに行くんで奮発したよ。カミさんを説得するのが一番大変だったね」


「接待すか?」


「まあね。これで朝廷にまつろわぬ神々を少しでも狩れれば、本社に栄転だよ」


「あ、じゃあそのときは俺もついてきますんで」


「調子がいいな君は」


 あっはっは。

 ふたりのサラリーマンは笑った。


みこといっすね」


「尊いな」


 天にかざした天叢雲剣を見て、彼らはまた笑うのだった。


 さてどうだっただろう。

 31世紀の未来。

 あなたは「尊い」を使いこなせるだろうか。

 では、ときの彼方でまたお会いしよう。



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