ケーキ

「あたし、ケーキになりたいわ!」


 少女はロウソクの吹き消されたケーキを見ながらそう言いました。六つになる誕生日のことです。


「どうしてケーキになりたいんだい?」


 おばあさんが優しくたずねました。きっと本気でケーキになろうだなんて考えているはずなかろう、と、考えたのです。


「だってね、おばあちゃん。あたしってば、ケーキが大好きなんですもの。それに、ケーキを食べたらみいんな笑顔になるものだわ。あたし、そうなってくれたら嬉しいのよ」


 少女ははっきりとそう答えました。おばあさんは「そうかい。それは良い夢だねえ」と言いましたけれども、その事をさして本気に捉えたり、ましてやケーキになるためにはどうすれば良いのかと真剣に悩んだりすることなどはありませんでした。


 しかし翌日、少女が目を覚ましてみるとなんということでしょう! 少女の身体はふわふわのスポンジに滑らかなクリームと大きな苺の見事な、大きいストロベリーケーキとなって、いつもおばあさんとご飯を食べる木机の上に置かれているではありませんか。


 夢見がちな少女もさすがにこれには戸惑います。


「まさかこんなに早く夢が叶っちゃうだなんて思いもよらなかったわ! きっとあたしが年中聞き分けの良い子でいたもんだから、それを見てくださった神さまがごほうびをくれたのね」

少女には既に手がありませんでしたが、心の中で神さまにお礼を言いました。


 さて、幸運なことに念願のケーキと相成りましたこの少女ですが、一つ問題がありました。それは、このケーキの美味しそうなのが見た目だけのものであって、実は全然甘くないかもしれないということです。しかし困ったことに少女には口が無いもので、自分で味を確かめることが出来ません。


 少女が途方に暮れていると、ハツカネズミが一匹少女の前へ現れました。


「やあ、これは立派なケーキだぞ! さっそく家へ運んで行って、兄弟たちに食べさせてやろう」ハツカネズミはごちそうを前に興奮して言いました。


「待ってください、ネズミさん」少女は慌てて言いました。「持って行くのは良いけれど、その前に味見をしたらどうかしら」

「それもそうだ」と、ハツカネズミ。「不味いのを得意げに振舞いたくはないからな」


 ハツカネズミはそう言うと少女のクリームをちょいと手に取って、ぺろぺろぺろり、嘗めてみました。


「うん。こりゃ甘い。それに舌触りも良いぞ。これなら自信を持って兄弟たちに振舞える」


「待ってください、ネズミさん」少女は再び言いました。「スポンジも確かめてみてくださいな」

「それもそうだ」と、ハツカネズミ。「スポンジこそケーキの


 ハツカネズミはそう言うと少女のスポンジをちょいと手に取って、ぱくぱくむしゃり、食べてみました。


「うん。こりゃ甘い。バターの香りも申し分ないぞ。これなら自信を持って兄弟たちに振舞える」


「待ってください、ネズミさん」少女はまたまた言いました。「何もスポンジとクリームだけがケーキじゃないわ、上の苺も確かめて」

「それもそうだ」と、ハツカネズミ。「こいつの主役はストロベリー」


 ハツカネズミはそう言うと、よじよじよじり、少女の身体を這い上がり、のせてある苺のてっぺんをちょいと齧ってみました。

「うん。こりゃ甘い。それに果汁が溢れんばかりに詰まっていらあ。これなら自信を持って兄弟たちに振舞える」


 ハツカネズミはそう言って、少女を巣穴へと運んで行きました。そして、少女を食べたハツカネズミの兄弟たちは幸せなひと時を過ごしました。



 それから少しばかり時間が経って、おばあさんが目を覚まし、少女の姿の無いのに気がつきました。

さらに時間が経って、少女が戻ってこないので、悲しみからぼろぼろと涙をこぼしました。それからというもの、おばあさんがケーキを作るときは、塩っ辛いものになってしまうんだそうですよ。

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TETSU童話集 TETSU @tetsu21

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