解釈違いはお断り!ー自作品の中に転移した作者の執筆活動ー

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

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 見たことはないけれど、書いた覚えはある。


 そんな光景を前にして、私は目をしばたたかせていた。


「……え?」


 どこか和中折衷な空気が漂う世界の中にいきなり放り込まれた私は、叫び出しそうになる口を必死に押さえ何とか道端に体を寄せた。


 ──私、『龍虎のちぎり』の世界にいる……っ!?


 龍虎の契り。


 それは私が小説投稿サイトで連載していた小説のシリーズ名であり、私が書籍作家デビューを飾った思い入れの深い小説のタイトルだった。


 ──え? でも、何で? 私、久々に編集画面を開いただけなのに……


 投稿サイトでボチボチ好評だったことに調子に乗ってしまった私は、サイト経由で参加できる新人賞に『龍虎の契り』を出した。それがうっかり賞をもらっちゃって紙ベースで商業出版となったわけだけど、現実は厳しくて商業版の『龍虎の契り』は結局鳴かず飛ばず。続刊が出ることはなく、色んな利権の問題で続きを書くことも許されず、サイトには同人版とも言える『龍虎の契り』が中途半端な状態で掲載されたままになっていた。


 一番申し訳ないのは、そんな宙ぶらりんな状態なのに今でも根強いファンの人達が読みに来てくれているということ。


 それが本当に申し訳なくて、苦しくて。


 いっそ非公開にしてしまおうか、と久々に編集画面を開いた瞬間、私はここに立っていた。ちなみに編集のために握りしめたスマホはいまだに私の手の中にある。


 ──何で!? どうして!? 一体何がどうなってんの……っ!?


氷咲こおざきさんっ!?」


 混乱しつつも何とも表現しがたい感動を噛みしめて自分が創り上げた世界を見つめる。


 その瞬間、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。それが誰の声なのか思い出すよりも早く、私は反射的に声の方を振り返っている。


「……やっぱり、氷咲さんも呼ばれたんですね、この世界に」

「……もしかして、澄村すみむらさん?」


 見覚えはない。だけど、声に聞き覚えがあった。


「こんな形で『初めまして』と言うことになるとは思っていませんでしたよ」


 遠回しに私の言葉を肯定した澄村さんは、足早に近付いてくると私の肩に手を添えた。


「こちらへ。状況を説明します」



   ※ ※ ※



「端的に言ってしまうと、ここは『龍虎の契り』の続きを望みすぎた読者の念が創り上げた世界のようです」


 澄村さんが私を連れ込んだのは、近くにあった茶店だった。


「ほら、二次創作ってあるじゃないですか? それのすごい版だと思ってもらえれば」

「いや、なぜそんな世界に作者澄村さん担当編集が転移するハメに?」

「その理由は、どうやらあれのようです」


 二つの湯飲みにお茶を注いでくれていた澄村さんが急須の先で店の奥を示す。


 その先に視線を向けた私は、本来ならばあり得ない光景にギョッと目を剥いた。


 ──紅珠こうじゅ李陵りりょうと李陵と瑠華るかと李陵とあれ誰っ!?


 奥のテーブルでお茶を楽しんでいたのは、主人公コンビである紅珠と李陵だった。そこは特に問題ない。


 問題はその隣のテーブルで、なぜかそちらにも李陵がいて、そっちの李陵は別のキャラと何やら親密な雰囲気でお茶を楽しんでいた。さらにその奥のテーブルにも李陵がいて、なぜかこちらは私が書いた覚えのないキャラとこれまた親密そうにお茶を楽しんでいる。


「ど、どういうことなんですかこれっ!?」


 私は声を潜めて澄村さんに詰め寄る。そんな私に澄村さんは軽く肩をすくめてみせた。


「言ったでしょ? 『龍虎の契り』の続きを望みすぎた読者の念が創り上げた世界だと」

「私、あんなの書いてません……!!」

「二次創作の世界では、読者が何を望み、創り上げようとも自由なんですよ」


 それは確かにそうだとは思いますがっ!!


「しかし、膨大な数の念がひとつに合わさっていることから、ある問題が生まれました」

「問題?」


 澄村さんの声に私は首を傾げる。


 その瞬間、店表から悲鳴が上がった。


「妖怪だっ!!」

「妖怪が出たぞっ!!」


 その声に私はハッと店表を振り返る。そんな私の傍らを間髪入れずに一陣の風が駆け抜けていった。李紅ペアの紅珠と李陵だ。李紅ペアに続き、瑠李ペアも表に駆けていく。


 だが一組だけ、動きが見えないペアがいた。


「……?」


 いつまで経っても現れない影に、私は思わず後ろを振り返る。


 そんな私の視線の先で、モブ李ペアがイチャついていた。


 ──ちょっ……!? 「妖怪なんてほっといて俺を構えよ」的なアレですかぁっ!? ここで李陵が動き出さないとか、解釈違いにも程があるんですけどっ!?


「氷咲さん、こっちへ」


 思わず椅子を蹴って立ち上がった私を澄村さんが引き止めた。私の腕を引く澄村さんの力は存外強い。その強さに驚いた私は、澄村さんに引っ張られるがまま店表に出た。


「あれ、見てください」


 さらに指示された先を見た私は、驚きに開いた口を閉じることができなかった。


 今度増殖していたのは紅珠だった。なぜか紅珠同士がド迫力の呪術対決を繰り広げている。どうやら正統派と闇堕ちの対決であるらしい。


「氷咲さん、複数人の念が凝り固まって作られたこの世界では、妄想の数だけ設定と物語があるんです」

「こんなの無茶苦茶じゃないですか! 矛盾だらけで壊れちゃいますよっ!!」


 本来、この世界にいる李陵は一人。紅珠だって一人。どのキャラだって一人ずつしかいない。


 同一のキャラが複数存在していて、そのどれもがちょっとずつ設定が違っていて、それぞれが物語を紡いでいるのだとしたら、矛盾だらけで物語が破綻してしまう。


「だから、私達がこの世界に呼ばれたんですよ」


 澄村さんは不敵に微笑むと一歩前に出た。


「この世界に対する編集権限を持った、私達がねっ!!」


 バッと澄村さんは片腕を振り抜いた。その動きに呼び付けられたかのように澄村さんの手元に赤い光が走る。まるで書き上がったばかりの原稿に直しの赤文字が入るかのように。


「編集権限『御提案』っ!!」


 澄村さんの声が周囲の空気を叱咤する。


「『矛盾している設定が発生しています。ご確認ください』っ!!」


 澄村さんの声とともに相対していた二人の紅珠に向かって赤い光が走る。私が目を瞠る先で、二人の紅珠は赤い光に呑まれた。光が駆け抜けた後には更地に還された地面だけが残っている。


 ──澄村さんの赤入れで弾かれたんだ……!


「私はこの世界に呼ばれてから、ずっとこうして矛盾を潰し続けてきました」


 赤い光が起こした風の余韻に髪を揺らしながら、澄村さんはゆっくりと私を振り返った。


「ですが、私だけでは限界なんです。あくまで私が振るえる力は『御提案』。その場その場での対処だけで、根本を正すことはできない」


 澄村さんの言葉に私は目を瞠る。その瞬間、手の中にあったスマホの画面がパッと明るくなった。思わず視線を落とすと、久々に見る小説編集画面に私が打った覚えのない文章が表示されている。


『李陵と紅珠は突如現れた妖怪と相対していた李陵は瑠華を庇って前へ出た「俺を置いてどこへ行くつもりだ」紅珠は符を構え紅珠は妖艶に微笑み』


「根本を正せるのも、正統な続きを綴ってこの世界の時を進めるのも、作者である氷咲さんにしかできないことですっ!! 氷咲さん! この世界を救ってあげてくださいっ!!」


 ──苦しかった。悲しかった。この世界の続きを書けないことが。


 私は思わずスマホを握りしめて、きつく唇をかみしめて、スマホを握りしめた手にすがるように顔を伏せた。


 ──二次創作という自由を謳歌できる彼ら読者がうらやましかった。自由で、楽しそうで、……私もああやって楽しめたらって。


 作品は公開された瞬間から作者の手を離れる。そこから何を思い、何を想像しても読者の自由だ。原作の作者がそこに口を挟むのは間違っている。


 でも、他でもなく、この世界そのものが、私を指名して助けを求めてくれているならば。


「……ごめんね」


 私は顔を上げると、両手でしっかりとスマホを構え直した。


「この世界を愛してくれて、ありがとう」


 指を滑らせ、表示されていた文章をオールデリート。翻した指先で、まっさらに還したフォームに新しい文章を叩き込む。


 彼らの新しい未来を紡ぐ、正統なる物語を。


 ブワリと、私の手元から光があふれる。青い燐光を撒き散らしながら広がった光はあっという間に全てを焼き払う勢いで矛盾だらけの世界を書き換えていく。


 その光を従えて、私は魂の底から声を張り上げた。


「世界の創造者は命ず 作者権限『公式更新』っ!!」


 一際強く輝いた光が、私の視界もろとも世界を焼き尽くす。


「無事に討伐された!」

「現場に駆け付けたのが『当代龍虎』だったらしいぞ」

「なんだってっ!? 紅珠様と李陵殿下かっ!?」


 その光が引いた時、私の視界から李陵も紅珠も消えていた。ただ街を行く人々が主人公達を称賛している声だけが聞こえてくる。


「さすがです、氷咲さん」


 声の方を振り返ると、澄村さんが柔らかな笑顔を向けてくれていた。まだ手にスマホを握りしめて呆然としてる私に向かって、澄村さんは右手を差し伸べてくる。


「でも、これだけじゃ終わりません。矛盾は、まだまだ山積みなんですから」

「澄村さん……」

「行きましょう、氷咲さん。まだ書き出されていない、物語のはるか先へ」


『今度こそ、相棒として私はこの手を離しませんよ?』と続けた澄村さんは、軽く片目をつむってみせた。


 そんな澄村さんの姿が、涙でジワリと歪んでいく。


「わ、たし……私、は」


 涙で揺れる声をグッと呑み込んで、スマホを握りしめた手の甲で乱暴に目をこする。もう一度澄村さんを見上げた私は、あの頃みたいに強気に笑えていただろうか。


「この世界を愛する気持ちは、誰にも負けないつもりです」


 私の言葉に、澄村さんは穏やかに頷いてくれた。


 左手に抱えたスマホを強く胸に抱き、私は自分の右手で澄村さんの手を取る。


「行きましょう、今度こそ一緒に。この世界に、正統なエンディングをもたらすために」





 作者は進む。自分が創り上げた世界を、正統なエンディングに導くために。


 公式作者の異世界執筆は、まだまだ最初の頁を紡いだばかり。




【END】

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