センス・オブ・ワンダー
人生
ハイペリオン遺稿、手記紙片・最終章<アトガキ>
――君は文章が読めるのか?
地面に落書きする私を見つけた彼は、
本来なら文章を生み出しうる私のような人間を始末するべきだが、彼は――ロゴスは寄る辺のない私を拾い、育ててくれた。
ロゴスいわく、私のそれは先天的なもの、遺伝子に刻まれたものらしい。つまり人類にとって、文章を嗜むことは「必要」な能力なのだと――だから、何も知らない私に罪はない。それがロゴスが私を拾った理由だった。
しかし、罪はなくとも害になる。ロゴスは私に、文章を読んではいけない、書けることを知られてはならないと教えた。
「お前、夜でもグラサンするのかよ?」
同僚のレンの言葉に、「安全のためよ」と私は応えた。かくいう彼も色眼鏡をかけているが。
「ロゴスさんの贈り物だから縁起がいいのよ」
と言うのは、
呪文を目にすると、人は
一般人をドクシャ化できるものといえば、
誰かがその一部を持ち込んだ……あるいは、
そいつはそれをバラ撒き、人々を脅かしているのだ。
私たち
今夜向かう先はそのアジトと目される場所だ。最悪、屋内に文章があるかもしれない。それから目を守るためのサングラスである。
「最悪、家ごと焼き払う必要があるな。
「オーケイよ」
リアが整備する火炎放射器。それは碑行体――
命令文に使われる
「それにしても、ほんとにここなの?」
「なんだよ、リア? 誰の家か知ってんの?」
「ここ、
ガリガリガリガリと何かを削る音がリアの言葉を遮った。
それは石造りのその家の中から響いていた。
「……レン、行くわよ。リアには後始末をお願いするわ」
嫌な予感がした。
家の中に踏み込むと、案の定――床にしゃがみ込み、ナイフで石の床に何かを必死に刻み付けている男の姿があった。
その部屋のいたるところに、同様に何か文字のようなものが書き殴られ――刻みつけられていた。
「……発作だ」
レンが呟き、目を伏せる。そう、これは……
「おじさん――」
後ろから覗き込んだリアの言葉に、男が顔をあげた。
それがきっかけだった。
「うがあ――」
唸り、立ち上がった男がこちらに手を伸ばす。その指の先から青い炎が燃え上がり男の肉体を半幽化していく――皮膚が肉が骨が塵と化し、半透明の人型に変貌する。
躊躇えば、死ぬ。
私は腰の鞘から剣を勢いよく引き抜く。カチッという音と共に鞘と刀身との間で鉄鉱石による摩擦が起き、閃光、発炎する。引き抜いた刀身には赤い火が宿り、それを以て私はドクシャと化した男を斬り伏せた。
「リア!」
鋭く
――しばらくして、焦げてボロボロになったその家屋を前に、私たち三人は佇んでいた。
感情的な会話はなかった。
「……私の知るおじさんは、少なくとも
「
「……そうね、リアのおじさんは被害者だった」
これは必要な行いだった。頭では分かっているが、それをうまく言葉に出来ない。罪悪感を拭い去れない。
「これは……」
「何それ?
私はその石片を踏み潰した。
「撤収しましょう。
仕事を終え、自宅に帰宅した私は父――ロゴスに声をかけた。
「今日の現場で、
「……そうか。大丈夫だったか?」
「うん」
字面を視線でなぞっただけ。意味を読み取るほどには読んでないし、リアも意味を理解できていないようだった。
ただ、あれは間違いなく
それも恐らく、禁書レベルの――それを目にしてしまったから、リアのおじさんは発狂したのだろう。
かつて
ドクシャ――またの名を、
言葉は力を持ち、それを読むことは人に力を……過ぎた力をもたらし、更なる力を渇望させ、やがて身を滅ぼすのだ。
「私には分からない。文章を広めようとする連中の考えが」
父は
「……各地でドクシャ化が起こっている理由……。先天的な文章力を持ってるなら、その力を自分だけのものにしていればいいのに。人に教えること、広めることになんの意味があるの」
文章力を持つ者たちは、ドクシャ化を引き起こしてどうしたいのか。先史文明のように滅ぼしたいのか――
「
「あぁ、それがどうかしたか」
「あれはたぶん、
「…………」
「先日盗まれた、禁書の紙片……犯人はそれを
「何が言いたい」
「……ロゴス、あなたがやったの……? 紙片の運搬をしていた碑行体を利用してそれを奪い、各地で運用される碑行体の中に
なんのために。
ロゴスは肩から力が抜けたかのように少し猫背になると、ふっと嘆息した。
幼い日に見た――私を背負ってくれた背中よりもとても小さく、私は時の流れを感じた。
「言葉は力を持っている。文章は、その力を操る魔法のようなものだ。かつての人類は文章を操った。彼らには知能があった。力があった。なぜなら文章とは、感情に、知識に、この世のありとあらゆるものに『かたち』を与えるものだからだ」
「それを広めることに、なんの意味があるの」
「文明を進めるためだ。……ドクシャ化は意図した結果ではない。あれは、
今の我々はサルと大差ないと、ロゴスは言う。感情の欠落した、あるいはその
文章を取り戻せば、私たちは永遠の存在にもなりえる――自らの全てを、文章として後世に残すことが出来るのだ、と。
そして、ロゴスが振り返った。
瞬間、何かが私の目にぶつかった。石片だ。かけていたサングラスが弾け飛ぶ。
ロゴスが何かを――薄汚れた紙片を突き出す。
「見ろ、リドル。そして読むんだ。もはや私には、この
どうか私に教えてくれ――そう叫ぶ彼の眼は必死で、何かにとり憑かれているかのようだった。
その姿に、先刻のリアのおじさんの姿が重なった。
父はもう、ドクシャになりつつある。ハイペリオンの、ドクシャに。
私はとっさに腰の剣に手を伸ばした。
そう、剣を携え私はロゴスに相対している。役目を全うする、覚悟を決めていたのに。
この気持ちを――なんと表現すればいいのだろう。
あるいは
ふと、見てしまった。
『この世界に、光あれ』
全ての読者に、
センス・オブ・ワンダー 人生 @hitoiki
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