年上の彼女が僕にいう「このジョークアプリを」

玉椿 沢

第1話

「本日の議題」


 5歳年上の彼女は、時折、こういう話の切り出し方をする。


 大抵はどーでもいい事ばかりだけれど、彼女・孝代たかよさんにとっては重要な事であるらしい。


「動物が何を話してるか分かると、この世は生きやすくなるか否か」


 どーでもいいというか、訳が分からない。


「どういう事?」


 僕が聞き返すと、孝代さんは胸を張り、


「ペットが何を話してるかわかったら、人生、楽しさ倍増って気がするのだよ」


「ああ、飼いネコや犬の言葉がわかったら、それはそれで楽しそうかもね」


 そこは認める箇所があると思う。


「ただ、ろくな事いってなさそうだけど」


 僕には、すごく自分勝手な事をいってそうなイメージしかない。


「ネコなんて、特にろくでもない事ばっかりいってそう」


 それこそ眠いとご飯しかいわなさそだ。


「あー、いいそうね。確かにね。ごはんーとか、寝るーとか」


 孝代さんも同感だと頷いてる。


「いつものネコ缶飽きたーとか。カリカリ嫌いーとか。猫じゃらしよりスーパーボールを寄こすんだ! とか」


 ……すぐにぱっぱと浮かぶというのも、何か凄い気はする。


「分からないから楽しい部分もあるけれど、分かれば別の楽しい事もある……そんな気がするのよ、いや、本当に」


 一人で自己解決していそうな風ではあるけれど、その流れがだっていう事も、僕には分かる。


「何か新しいオモチャでも手に入れたんですか? ホームズ先生」


 かの名探偵がアヘン中毒であったように、孝代さんはいつも興味のあるものに餓えている。


「その通りだよ、ワトソン」


 孝代さんは態とらしく肩を揺らして笑いながら、スマートフォンを取り出した。


「夢のマッスィーンを手に入れてしまったのだよ」


「スマホ?」


 買い換えた様子もないスマホに、僕は首を傾げた。


「このアプリ! ネコの鳴き声を翻訳してくれます!」


 孝代さんが示した画面には、昔、流行ったオモチャっぽいロゴが踊ってた。


 そして孝代さんがいうのは――、



「はい、鳴いて~」



 僕にかよ……。


「何でだよ!」


 反抗する僕に対し、孝代さんは「いやぁ」と笑いながら、


「人間には掌サイズのスマホだけど、ネコちゃんにとっては巨大な板な訳よ。ネコちゃんは本来、こういう機械を向けられるのは嫌い。スマホのマイクは高性能とはいえないから雑音も拾いやすいし、ネコの声と人間の声は周波数が違うと思うのよ」


「はぁ……?」


 それと僕が鳴くのと、何の関係があるのかわからないんだけど。


「そしてネコの種類。アメリカンショートヘアー、スコティッシュフォールド、ロシアンブルー、アビシニアン、メインクーン、ソマリ、ラグドール、エジプシャンマウ、アメリカンカール、オリエンタルショートヘアー、チンチラ、ヒマラヤン、ペルシャ、日本ネコってなってるけど、14種類しかいないのは少なすぎると思う訳よ。それに、日本ネコって一括りになってるけど、結構、違うもんでしょ?」


「で、最初に戻ってくれない? 僕と、何の関わりが?」


「うん、ネコちゃんは、なかなか鳴いてくれない挙げ句に、鳴いてくれてもマイクの感度やら種類やらで、正確じゃない可能性が非常に高い訳よ。なら、寧ろネコのマネをしている人間の方が近いはず……というロジックを組み立てたのデス!」


 自信満々にそういいながら、孝代さんはずいっと僕にスマホを近づけてきた。


「だから鳴いてみて」


「……」


「そういう無視するような反応が、実にネコらしいと思うのよ。はい、鳴いてみて」


 この人だけは、どうしようもねーな!


 だが、ここで「ニャー」といっては面白くない。


「シャーッ!」


「あはははは」


 ネコが怒るマネをしたら、途端に孝代さんは笑い出した。


 僕が予想通りの反応をしたというのもあるんだろう。


 けど、最大の理由は画面に表示されている翻訳だ。



 そんなモノに頼るな――。



 ……よくできたジョークアプリだことで……。

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年上の彼女が僕にいう「このジョークアプリを」 玉椿 沢 @zero-sum

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