本当のワタシ
ホテルのフロントには連絡をして時間の延長をしてもらった。
乱れたベッドを直すと、名前は誰だったか、忘れた男性をぼんやりと座って待っていると、流しのタクシーのように15分ほどでドアがノックされた。スターダスト祇園にあるので、大急ぎでやってきたということだろう。
ドキドキなんてもうしない。
ドアを開けると、
「ご指名ありがとうございます。ノリです」
と、黒髪に落ち着いた30歳前の落ち着いた男性が入ってきた。
「ゆう子です。よろしく。シャワーは先に使ったの」それは嘘で水をかけただけ。
何もしてないし、修也とは……。
有紗は頭を下げると自分からベッドの端に座った。もう手慣れたものでストッキングを脱いで丸めた。
「じゃあ、軽くシャワー浴びさせていただきます。一緒にどうですか?」
「恥ずかしいから、今日はやめておきます」
こうなれば早く今までの自分から違う自分になりたいという気持ちしかなかった。
5分ほどでノリさんはバスローブ姿で出てきた。部屋のライトを落とす。
「ゆう子さんはライトはこれくらいでいいですか?」
有紗の隣に座ると肩を抱いて優しくキスをする。冷たい唇は渇いていない。今度はバスローブのノリに自分から抱き着いた。もう何も怖いものはない。先ほどまでの自分はもういらない。
「やさしめでお願いします」
精一杯の強がりを言うと、目を閉じる。
「強い刺激は嫌ですか?」
耳元でささやくと首筋に何度もキスをするノリに有紗は返事などできなかった。
「もしかして、初めて?」
ノリの背中にかけた手が震えていたのかも知れない。
「大丈夫、怖くないよ。目を開けて」
一度だけうなずいた。目を開けると黒髪が触れそうな距離にノリの顔がある。
こんなに優しく微笑む男性を見たことがない。有紗の額の髪をのけて額に優しくキスをすると、下着の中に手を入れる。恥ずかしいと思っていると何が何だかわからないうちに恐怖が快感に変わっていたと同時に、有紗は自分の知らない世界にいた。
これが自分?
打ち寄せる大海の波にさらわれるようなノリの誘う愛撫に身を任せると時間の感覚がなくなった。
またもやスマホのアラームが鳴る。
「ゆう子さん。ご指名ありがとうございました。素敵な夜でした。後少ししたらシャワーを浴びて出てください。ホテルの支払いは一階で全部清算できるようになっています。このホテルはスターダストの事務所が経営しているので」
「ありがとう、ノリさん」
うつむいて有紗が言うと、
「すてきでしたよ、ゆう子さんのこと忘れない」
有紗がスマホを出すと10時過ぎていた。
初めての経験はとても高くつきそうだが、どこにでもある普通のことではない世界に足を踏み込んでしまった。どれだけ乱れたのかは覚えていない。だがこの夜のことは私も忘れないと有紗は思っていた。
今度はノリさんにゆう子ではなく有紗と名前を読んでほしいと思っていた。
了
眠れぬ夜をとぶ 樹 亜希 (いつき あき) @takoyan
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