最終話 Bクラストーナメント決勝戦 

 ―ファントムとの戦いを終えた一ケ月後―


「「「武先輩頑張って!」」」


「武っチ! 優勝したらご褒美にエッチな事してあげる!」


「下僕武! 敗けたらソチン晒したまま簀巻きにするぞ!」


 ……俺は一部熱烈すぎる声援を受けながら、Active-Networkが主催するアマチュアキックボクシングのフライ級Bクラストーナメントの決勝の舞台に立っていた。


 相手は禰宜野打猿ねぎのうちざる


 何でも中学ではフルコンタクト空手50戦の戦績があり、各種大会で優勝経験があるとの事だ。


 確かに決勝まで残るだけあって、トーナメントで戦って来た他のどの選手よりも遥かに強かった。


 だが、空手時代の癖が抜け切れていないのか?


 恐らくパンチをインパクトの瞬間だけでなく、ずっと拳を握りしめながら放っている為、必要以上に力んでいるのか? パンチのスピードが遅く感じる。


 いや、伊吹のパンチを体感してしまえば、誰のパンチであってもこんなものに感じてしまうのかも知れない。


 禰宜野の右ストレートをスウェーバックで躱すと、体勢を戻すロックアウェーのカウンターで右ストレートを返すと、右腕を素早く引いて右アッパーで禰宜野の顎を突き上げ、更に力を込めた右ボディアッパーを叩き込むと、ボディを嫌がって禰宜野は後ろへ下がった。


「スゲー! 右のトリプルかよ!」


 観客席から感嘆の声が上がった。


 確かに奥手の右パンチによるトリプルは左のトリプルよりリスキーな為、殆ど使われる事が無いので珍しいのだろう。リスキーではあるが、利き腕で放つ分左手で打つよりも威力が高いし、空手では試合経験豊富な禰宜野ですら見た事が無いパンチだろう。


 それに右アッパーと右ボディアッパーは軌道が似ており、ボディアッパーを顎への右アッパーと思い込んでしまったところ、無防備のボディへアッパーを放たれた為、ボディへの攻撃に慣れているフルコンタクト空手出身の禰宜野と言えども、効いた様だ。


「クソっ!」


 禰宜野は高く右膝をカイ込み、回し蹴りを放つ体勢を取る。


 モーションが大きい。


 いや、敢えてモーションを大きくして、上段・中段・下段で打ち別けてこちらを困惑させるつもりかも知れないが、空手風の膝をカイ込んだ類の蹴りは、きちんと基本を取得しているキックボクサーには通用しない。


 俺が左膝を腰より上に上げ、肘を膝頭の外側につけて上段から下段まで防御するヨック・バンの構えを取り、中段に放たれた廻し蹴りをカットし、カットした左足を軸足の後方に着地すると同時に反動を利用して高速の左ミドルを禰宜野のボディへ叩き込んだ。


「オウェーエィ!」


 クリーンヒットに麗衣がムエタイ風の歓声を上げる。


 レガースを着けているし、ましてや中段への攻撃に慣れている空手経験者相手だから大してダメージはないが、アマチュアの試合では腰から上に放つキックはポイントに成り易い。


 もっとも、最初から判定勝ちなど狙っていないのでポイントは如何でも良いが。


「時間が無いぞ! KO狙っていけ!」


 このままでは判定負けになると踏んだのか?


 禰宜野陣営のセコンドから檄が飛んだ。


「フンッ!」


 セコンドに応える様に、禰宜野は荒々しい左フックを放ちながら飛び込んで来たが、焦ればこちらのものだ。


 俺はU字を描くウィービングで左フックを躱し、軽めの右ストレートを放ち、右ストレートを戻す勢いと腰の捻りを利用しながら巻き込む様に左フックを叩き込み、インパクトの瞬間拳を縦拳から横拳へ捻ると、禰宜野は大きく首を捩じり、脱力すると顔面からマットに沈んだ。


「ストップ! すとおーーーっぷ!」


 レフェリーは両手を大きく交錯させ、カウントを数える事も無く試合を止めた。


 俺はCクラストーナメントに引き続き、Bクラストーナメントを全試合KOで優勝した。



 ◇



「優勝おめでとう! 武君!」


 真っ先に声を掛けてきたのは意外な事に、恵だった。


「ありがとう恵」


「頼まれていた動画の撮影バッチリやったよ」


「サンキュー。まだ入院している勝子には俺の試合を観せてあげたいからね」


 勝子は伊吹に撃たれた脚はまだ退院できる状態ではないらしいが、幸いまだ歩ける可能性はあるらしいので、最近はリハビリに励んでいる。


 練習が無い日にはお見舞いに行ってアイツの我儘を聞いてやったりしていたが、勝子曰く、「武のダメだしは私がする!」との事で俺の試合の映像の撮影を恵に頼んでいた。


 出来ればボクシングの試合を観せてやりたいところだけれど、残念な事に高校生の場合、ボクシング経験が1年以上無いと大会に出れない決まりなので、四月にボクシングを始めたばかりの俺には出場資格が無かったのだ。


 もっとも練習試合なら出来るので、キックボクシングでグローブルールに慣れながら、いずれは練習試合にも臨み、来年から本格的なボクシングの大会にチャレンジするのが目標だ。


「しっかし、よく撮れているよなぁ……」


「フフン♪良いカメラ使っているからね。麗衣さんの試合も良く撮れたし」


 麗衣の総合デビュー戦は華々しいものだった。


 アマチュアキックでは王者である麗衣も総合の実績が無い為、総合ではBクラスからのデビューだったが、相手が初っ端からしかけてきたタックルを完璧に切った後、左膝で相手を突き放し、離れ際のハイキック一撃でKOしてしまったのだ。


「そういえばこの前、夜の喧嘩を想定して照明落として麗衣とスパーリングした時もよく撮れていたよね? あんな暗いと撮影してもよく映らないんじゃないかと思うけど」


「コレ、夜間撮影にも対応していて軍用カメラか? って言われるぐらい高性能のカメラなんだ」


「そうなんだ。流石金持ちだよなぁ……」


「いいえ。ビデオカメラとしてはそんなに高くも無いけれどね」


「夜間撮影も出来るなら、今度喧嘩の動画も撮影して貰おうかな? ……ん? どうしたの恵?」


 思い付きで言った台詞だが、如何いう訳か恵が少し驚いたような表情を浮かべていた。


「え? なっ、……何でもないよ! それに喧嘩が始まったら動画を撮る余裕なんか無いと思うよ?」


「そりゃそうだよな……」


 俺達がそんな会話を続けていると、横から流麗が割り込んで来た。


「武っチぃ~~~~! ちょーかっこカワイイ! あーしで脱DTしよ♪」


 むにゅ♪


 ふむ。


 弾力性を帯びた果実の誘惑だが俺は屈指やしない。


「武先輩! 祝勝祝いにアタシとデートしましょう!」


 負けじと香織がチンパイを押し付けて来た。


「武先輩! 僕の体を好きにして良いですよ♪」


 吾妻君。君は黙っていてくれ。


「皆駄目だ! 小碓クンのお尻と皮つきチェリーは誰にも渡さん!」


 澪は俺のケツを撫でてきた。


 お前のせいで本当にウ〇コする時にケツが痛くなった事があるからシャレにならんぞ。


「……武。相変わらずお盛んな事だなぁ」


 麗衣は呆れた様に溜息を吐いた。


 幾ら強くなっても下僕の悲しき習性で、ご主人様の御機嫌を損ねてはならないと身が縮んだ。


「いっ……いや……これは俺の本意じゃないんで」


「分かってるよ。お前みたいなヘタレが、ハーレムなんざ囲える分けねーよなぁ」


 ある意味怒られるよりも屈辱的な言い方だった。

 出来ればもっと口汚く罵って、もっと蔑んで、汚物を見る様な目で俺を見てくれ。


「しかし、あたしだってキックのBクラストーナメント優勝するまで1年かかったのに、それを更新しやがって。成長早すぎるぞ。しかも、トーナメントだから1ラウンドしか無いのに四試合全てKO勝利なんて聞いた事ねーよ」


「まぁ、今回は大して強敵がエントリーして無かったし」


「いやいや、禰宜野ってジュニアじゃあ一寸は知られていたヤツだぜ? もっとも、そういう意味じゃあ、お前が以前、浄御原和博倒してるしな」


 確かに禰宜野の方が技術は高かったけれど、重量級の浄御原と喧嘩した時の方が遥かにプレッシャーがきつかったし、手強くも感じた。 


「今回は運も良かったんじゃないのか? 麗衣の時は一人凄く強い選手が居たんでしょ?」


「ああ、イリエイ・セーナってムエタイの化け物が居てよぉ、キック転向後、女子相手に唯一敗北した相手なんだよな……しかも、KO負けさ」


 麗衣をKO出来る女子なんて、それこそ怪我する以前の勝子か環先輩、あるいは姫野先輩ぐらいしか思いつかないが、麗衣と同じ階級、同じ競技でKO出来るような化け物が存在する事が信じられなかった。


「マジかよ……男子相手の喧嘩でもKOさせられた事なんて殆どないだろ?」


「野郎相手でも柏と伊吹ぐらいじゃねーか? まぁ、セーナに敗けたのはあたしがまだBクラスの頃だったけれどな」


 女子のBクラスはビギナーズクラスで1勝すれば出場資格を得られるので、恐らく麗衣がアマチュアでデビューして間もない頃の事だろう。


「でもアイツには感謝しているんだぜ。野郎はとにかく、女子相手なら余裕かと思って舐めていたあたしの自信を木っ端微塵に打ち砕いてくれたからな。おかげでアイツを倒す為にも必死にムエタイの研究を続けて、サムゴーのスタイルに繋がったからな」


 成程。フルコン出身の麗衣がムエタイスタイルに変えたのはその敗北から得たものだったのか。


「で、セーナ選手は今もキックやっているのかな?」


「さぁな。あれだけのヤツだから、プロ入りしたら騒がれそうなものだけど、ここ一年ぐらい音沙汰ねーんだよな……もしかしたらタイに帰ったのかも知れないけどな」


「今でも再戦したい?」


「勿論借りは返してやりてーし、あたしがアマに拘っている理由の一つだけどよぉ、現実的な話、もう関わる事もねーかも知れねーな」


 セーナ選手の試合を観た事は無いが、3階級のトーナメントで優勝した今の麗衣が拘るほどの相手なのだろうか?


「まぁ、現役続けているか如何かも分からねー奴はとにかく、今はMMAへのチャレンジっていう新しい目標もあるし、暫くはボクシングキックからの転向組の不甲斐ない連中に手本を示してやるさ」


 麗衣がよくスパーリングでボコボコにしていた久保田、平下、比呂矢という男子のキックの選手がMMAにチャレンジしたら相次いで敗北した事を当てつける様に言った。


 本人達が聞いたら耳が痛い話だろうが、麗衣としては、これは次いでの理由で、タケル君の仇を取る為、更に強くなりたいという理由が大きいのだろう。


 俺もこのままではいられない。


 麗衣の願いを叶えること。そして勝子の果たせなかった夢を引き継ぐこと。


 その為に、俺はもっと強くなると誓った。




 本作は一旦これで終了となります。

 ご愛読ありがとうございました。次回作でシリーズ完結となりますが、投稿時期は現在目途が立っていないので気長にお待ち下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イリュージョンライト~伝説覚醒~ヤンキー女子高生の下僕は〇〇になりました 麗玲 @uruha_rei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ