僕は死ぬほど君に恋をする

椎葉伊作

僕は死ぬほど君に恋をする

「お前にさ、彼女を紹介したいんだよ」

 しばらく疎遠になっていた友人から、そんな内容の電話がかかってきたのは、平日の夜のことだった。

「へえ、・・・あれ?マキちゃんとは別れたのか?」

「ん?ああ、別れてはないんだけどさ。なんていうかな。まあ、いいや。会ってから説明するよ。色々と」

 その後、たわいもない話をして電話を切った。

 友人の声は、終始浮かれ調子だった。

 そういえば、友人と会話するのも久しぶりだったけど、あんな明るい声色の友人と話すのも、随分と久しぶりだな、と感じた。

 マキちゃんというのは、まだ疎遠になる前、毎日のように遊んでいた学生の頃に友人と付き合っていた女の名前だ。

 確か友人は、サークルの先輩から紹介してもらったと言っていた。

「凄く可愛くてさ。ちょっと気の強いところもあるけど、そこがまた、たまらないんだよ」

 いつしか居酒屋で、そんな風にのろけていた友人の笑顔を思い出す。それ以降、友人と会うたびに笑顔が減っていったことも。

「なんかさ、あんまりツレと遊ぶなって言われるんだよなあ。携帯の履歴とか、めちゃくちゃチェックされるんだよ。嫉妬深いって言ったらいいのかな」

 しばらくすると、就活が始まり、忙しくなったこともあって、友人と会う機会は減っていった。いや、実際は違っていた。連絡はしていたが、何かと理由をつけて断られることが多くなった。

 電話をかけるたびに、友人の声色から覇気が消え失せていくのを気にかけていたが、しばらくすると、電話をかけても即切られるようになり、連絡すら取れなくなった。

 やがて就職が決まり、いよいよ学生御用達の安アパートを引き払おうかという頃、一度だけ街で友人を見かけた。

 声は掛けなかった。女と一緒に歩いていたからだ。

 恐らくは、あれがマキちゃんだったのだろう。モデルかと見紛う程、容姿は整っていた。派手な格好をして、自信たっぷりにヒールをカツカツと鳴らしながら、友人に引っ付いて歩いていた。

 だが、遠目からでも分かるほど、彼女は近寄りがたい雰囲気を発していた。気の強そうな、という表現がぬるく思えるほど。

 そして、その横を歩く友人の顔は、酷くゲッソリとしていた。先ほど、彼女が友人に引っ付いて、と表現したが、こう言った方が正しいのかもしれない。

 まるで友人は、きらびやかな金魚に引っ付いて回る細切れの糞のように見えた。




「久しぶり。元気にしてたか?」

 喫茶店で開口一番、友人は問いかけてきた。はつらつとした笑顔で。横には、マキちゃんがいた。

「お、おう。あの・・、彼女ってさ」

「ああ、ちゃんと紹介するのは初めてだったよな?彼女のマキ。可愛いだろ?」

「ふふふっ」

 友人に褒められ、マキちゃんは幸せそうに柔らかな笑みを見せた。

 久しぶりに会った友人は学生の頃より少し痩せて見えたが、いつしか街で見かけた時よりもマシなものになっていた。血色がよく、なにより幸せそうだ。

 だが、それよりも面食らっていたのは、マキちゃんの変貌ぶりだった。

 刺々しく、近寄りがたい雰囲気はまるで消え失せていて、誰しもが表情を和らげてしまうような、柔和な雰囲気を纏っていたからだ。幸せそうに、友人の腕を組んで、肩に頬を寄せている。

 ポカンとしている僕を尻目に、二人はふにゃふにゃとのろけていた。

「どうしたんだよ?そんなポカンとしてさ」

「え?あ、いや、なんか、変わったなあって思ってさ」

「変わったって、何が?」

「ああ、・・実はさ、いつか二人のこと、街で見かけたことがあってさ。なんというか、その」

「ああ、あの頃は確かになあ。まだ、マキがマキじゃなかったし」

「・・・え?」

「ハハ、一から説明するよ」




「俺さ、ずっと悩んでたんだよな。マキってさ、可愛い顔して、めちゃくちゃ気が強いんだよ。俺が何をするにしても制限したがったし、とにかく束縛が激しかった。付き合いたての頃は、まあ、それも含めて可愛いなあって思ってたんだけどさ。

 さすがに、携帯に不審な履歴があるってだけでバキバキに割られたり、女の店員に呼びかけただけで金切り声を上げられたり、見てたテレビに女優が出てるってだけで物を投げつけられたり、お前なんか生きてる価値もないって一晩中罵られるのはさ、我慢できなくってなあ。

 俺も就職したての頃で、仕事も大変だったし、思い詰めちゃってさあ。会社帰りに夜な夜な車で、何の気なしに走ってたんだけど、呼ばれてるってああいうことを言うのかなあ。気が付いたら、自殺スポットに向かってたんだよ。

 山の中の大きな吊り橋なんだけどな。前から噂は聞いてたんだ。ちょうど真ん中あたりから飛び降りる奴が多いせいか、そこだけフェンスが新しくなってるってさ。なんか、そこでは若い男ばっかりが自殺するらしいんだけどな。

 それで、そこから飛び降りようって思って、長い吊り橋を車で走ってたんだけどな。俺、その時、音楽聴いてたんだよ。有名だから、お前も多分知ってる歌だよ。題名は忘れちゃったけど、ほら、ひと昔前に流行ったラブソング。ええと・・、

 ”例え、死んだって、僕は君を好きなままだから”みたいな歌詞のさ。

 何気なく、口ずさんでたんだ。吊り橋を渡りながら。そしたらさ、声が聴こえたんだよ。

 俺が口ずさむラブソングに、ハモるみたいに綺麗な女の声が乗ってきたんだ。

 別に不思議には思わなかった。なんていうか、心地よくってさ。久しぶりに優しい声を聴いたせいなのかな。分かんねえけど。

 それで、真ん中あたりに着くと、確かにフェンスが新しくなってるんだよ。そこだけ。

 そこで、マキに出会ったんだ。

 フェンスの前にさ、いたんだ。その時はよく視えなかったんだけどさ。確か、真っ赤で色んなものが零れてたのは覚えてるんだ。

 車から降りると、マキは俺に笑いかけてきた。ステレオからは、まだあのラブソングが流れてたんだけど、マキがそれをさ、素敵ねって言うんだ。

 俺、なんか嬉しくなっちゃってさ。歌ったんだよ、そのラブソング。

 ”僕は君が死んだって、君の元に駆けつけるから、死んだって、僕の愛は変わることはないから”ってさ。うろ覚えだったけどな、ハハ。

 そしたら、フフッ、歌えば歌うほど、マキが喜んでくれるんだよ。嬉しい、って笑ってくれてさ。

 それで、歌いきったらさ。マキが、欲しいって言うんだ。俺に触れたいって言うんだよ。

 俺も、もうマキにメロメロさ。どうすればいい?って聞いたら、マキがここに来ればいいって言うんだ。後は私に任せてって。

 それで、俺、マキを連れて行ったんだよ。

 キーキー文句言われたけど、これで最後かあって思うと、苦じゃなかったなあ。

 吊り橋まで来たら、俺、またあのラブソング流したんだ。マキは嫌がってたけどな。こんな歌、反吐が出そうってさ。

 でも、真ん中についた時、マキは凄く嬉しそうに笑ってたんだ。来てくれたんだ、って。

 ギャアギャア喚くマキを降ろして、言ったよ。迎えに来たよ、って。

 マキは、ちょっと待っててねって言って、マキの中に入っていった。ああいうのって、スッとはできないんものなんだなあ。マキ、めちゃくちゃ痛そうだったよ。頭が割れそう、お腹が破けそう、腕が千切れそう、足が捥げそうって叫んでた。

 でも、別に何も思わなかったなあ。

 しばらくしたら、マキがマキになったんだ。痙攣が止まったら、凄く嬉しそうな顔してさ、抱き着いてきたよ。

 ありがとう、これで、あなたに触れられる、これで、また恋ができるって言ってさ」




「っていうわけ。俺らの馴れ初めは」

 ひとしきり説明した後、友人はまたふにゃふにゃとのろけだした。

「・・・あの、その、それってさ」

「ん?」

「じゃあ、その・・、マキちゃんって・・・」

「ああ、マキはマキになったんだ。だから、マキはマキなんだよ」

 そう言って笑う友人の顔は、とても幸せそうだった。

 友人の腕を組み、頬を寄せるマキちゃんも、同じように幸せそうな表情を浮かべていた。

 まるで、反吐が出そうなほどに甘ったるい流行りのラブソングが似合うような、仲睦まじいカップルに見えた。

 その後、喫茶店を出て二人と別れた。街に消えていく幸せそうな二人の姿を見送りながら、僕は友人が馴れ初め話の中で語ったラブソングの題名を思い出していた。

 ”僕は死ぬほど君に恋をする”。

 それからひと月ほど経った頃、友人が吊り橋から飛び降りたという報せが届いた。

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僕は死ぬほど君に恋をする 椎葉伊作 @siibaisaku6902

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