第4話 理系は築き、文系は綴る
街に戻った八宝菜とそふかがしたこと。
要らない物を売った。必要な物を買った。八宝菜が幽体になって女湯覗いた。以上。
「いや、ちゃうんすよ。ほら、ね? だからその買ったばかりの藁人形と五寸釘をしまって? ね?」
じりじりと詰め寄るそふか。必死に言い訳をする八宝菜。魔物のいる洞窟内で茶番を繰り広げる二人。不人気なステージであるため、この珍妙な光景を誰かに見られる心配はない。問題はそこではない。
「いやあのさ、わたしはこの世界の
八宝菜とて、好きで女湯を覗いたわけではない。本当に。若干、滞在時間が長かったのは認める。
「わたしは種族が
八宝菜の頭上に浮かぶ白いプレイヤーネームから、実験は成功したのだろう。ホワイトネームは、一般人の証拠である。
粗方説明という名の言い訳が終わったところで八宝菜はそふかを見た。
「……」
沈黙が痛い。いかにメンタルがウルツァイト窒化ホウ素(世界一硬いと言われている鉱物)の八宝菜と言えど、相手がそふかならばそれは豆腐と化す。
八宝菜がしょぼん顔になりだした頃、そふかは溜息をついた。
「……まぁ、元より君が女湯を覗いたことに反感を持っているわけではないよ。君が意外にも遵法精神を持つことは重々承知しているからね。……ただ、君を待っている間、喧しい女共に騒がれた八つ当たりだよ」
「あぁ、まーた逆ナンされたのか。昔っから変わんねーなー」
その呆れたような声音は、そふかに群がる女共に向けられたものだろう。(心は男であるとはいえ)女の身でありながら、幼い頃からその中性的な外見で女から告白されたり、媚を売られたり、悪質なものだとストーカーをされたりしてきた双葉は、“女”に対する警戒心が高い。さらに、今は双葉の理想を詰め込んだそふかの姿である。他のプレイヤーのキャラメイクとは比べ物にならない完成された外見は、女が擦り寄るのに十分な理由だ。
ただでさえ、とあるクソ女のせいでトラウマを抱えているのに、これ以上うちのそふかの女嫌いが加速したらどうする、と八宝菜は憤慨した。今の騒ぎの元凶はお前だろ、といった類の反論は受け付けていない。
「今からでも殺しに行こっか?」
「いや、いいよ。本当は今すぐあの地底湖に君を叩き落として丸洗いしたいところだけど、時間の無駄だからね。あんな奴らことより、僕の実験を手伝ってくれないかい? 多分、MPが足りなくなるだろうから」
「何か恐ろしい言葉が聞こえた気がする……。まあ別にいいけど、何する気なん?」
「まぁ、見ていなよ。……あぁ、丁度いいところに」
先程も遭遇した蝙蝠的な魔物が襲い掛かってくる。その魔物——フロック・バットはその名の通り群れで行動する。ログインしたばかりの初心者にとっては、その大群に激突されただけでも脅威となるのだが……。
「<詠唱破棄>、<
フロック・バットが縮んだ。否、圧し潰されていた。余りの圧に群れは一つの塊となり、身動きも取れず、赤いガラスのようなエフェクトが爆ぜて舞った。
なお、これは残酷な描写・暴力的な描写をOFFにしたプレイヤーの視点である。
そして、“グロい光景を合法的に見たい”という狂った思想を持つ八宝菜は当然の如くONにしている。つまり、八宝菜の視点でのフロック・バットは捩じられ、引き攣り、耐えきれなくなった皮が破れ、血が滲み、骨が軋み始め、遂には眼球や内臓が飛び散りながら息絶えた。耐性のない人が見たなら失神しそうな光景に八宝菜は——
「——すごい、そふか! ねえ、それどうやったの!? あっ、でも待って、この光景目に焼き付けるから」
満面の笑みを浮かべた。それはもう、にっこにこである。ツッコミ役はいなかった。
「これは人間のみが使える生活魔法の内の<圧縮>を応用した魔法だよ。とは言っても、大部分が<熱魔法>でつくったものなんだけどね。今、僕がやったのはすごく簡単に言うと、陸風、海風の応用だよ。中学のときにやっただろう? 陸はあたたまりやすく、冷めやすい。逆に、海はあたたまりにくく、冷めにくい。そして、気温が低くなると気圧は下がって、気温が高くなると気圧は上がる。風は気圧が高いところから低いところに吹くから、陽光の射す昼は陸の方があたたまって海風が吹くんだよ。その理論を利用して、<熱魔法>で局所的に一つの地点では暖め、その中心の地点を冷やすことによって圧力を上下させ、気圧を操って風をつくり、風圧で圧し潰して、あとは<圧縮>でその威力を高めただけだよ。あくまで“理論上は可能”程度のものだったんだけど、上手くいってよかった。どうやら、頭で理論を構築できていれば消費MP量は少なく……」
「おーけー。そふか、ストップストップ。ごめん、解説頼んだわたしが悪かった」
「? この上なく分かりやすく説明したつもりだよ?」
「そふか……わたしがごりごりの文系なことを忘れたか?」
「あぁ、そういえばテストの度、僕に土下座するほどの文系だったね。失念していたよ」
「事実だから何も言えん」
約束通りMP回復のため八宝菜の腕に噛みつき、血を吸っていると、八宝菜がぽつりと呟いた。
「あー、やっぱできるんだ」
「?」
「<実体化>の話。さっきまでは全身を<実体化>してたんだけど、部分的にもできるみたい。ほら」
そふかの手をつかみ、心臓の辺りに当てる。そのまますっと通り抜け、肘が入ったところで止めた。
「……これは、色々と悪用できそうだね」
「にっこり」
「楽しそうで何よりだよ」
テンポのいい会話を続けながら、ふと思い出したように八宝菜が言った。
「そういや、お前。しれっとオリジナル魔法創ってるよな。最初の氷の短剣もオリジナルでしょ」
「これのことかい? <詠唱破棄>、<
創り出した短剣を八宝菜の目の前に浮かせる。<念力>のスキルをそふかは取っていないはずなので、好き勝手やってんなー、と思いながら短剣を手にした。
青く透き通ったその短剣は、軽さ、速さを追求したためか、余計な装飾が一つもない。
「ちなみに、量産もできるよ」
「言いながら血ぃ吸わないでいただけます?」
「MP使ったから」
「私への配慮は?」
「ない」
「そっかー」
しょぼん顔、再びである。
吸血鬼(というよりアンデッド全般)はポーションを使うことができない。それを分かっているため、<実体化>さえすればポーションが使用できる八宝菜は大人しく腕を差し出すしかないのである。だがしかし、せめて麻痺毒くらいは使ってほしいと思う今日この頃。
「さて、次は野菜の番だよ」
「……もうツッコまねえからな。はー、今<MP自動回復>取っておいて良かったって心の底から思ってる。ポーションじゃ足んない」
「大変そうだね」
「実は七割くらいお前のせいってご存じ???」
購入したばかりのMPポーションをがぶ飲みする八宝菜。幽体に胃はないため、飲んだ後<実体化>を解き、再び<実体化>すれば満腹になることなく何度も回復することができる。それでも、気分的に飽きるのである。主に味。
「そういえば、野菜は<詠唱破棄>とってなかったよね?」
「わたし、
「強く生きろ野菜」
「もう死んでる」
この洞窟は、魔物の遭遇率が極端に低い。そして遭遇したらしたでフロック・バットのような敵が出てくる。不人気ステージの
「先に詠唱しとくか」
「詠唱終わっても魔物と遭遇できなかったら、どうする気だい?」
「頑張って引き延ばす。わたしの中二病語彙ストックが火を噴くぜ!!」
「頑張れ」
「頑張りまーす。——穿て、刻め、
八宝菜は言葉を紡ぎ始める。世界の概念に介入し、現象を新たに書き加えるため。
「弓矢の如く、弾丸の如く。獲物を射抜け、深く深く。風を切り、駆けよ狼。遠吠えは天に鳴り、猛きその身を奮わせる。唸り襲うは
なるべく、壮大に。なるべく、荘厳に。なるべく、雄大に。
「獅子よ吠えよ。王の前に一切は
前方から何かが迫る。穴燕を人間の子供と同じ程度の大きさにしたような魔物。唾液腺から分泌される毒の唾液を吐く、通称“食えなくなった燕の巣”、“唾液燕”ことサライヴァ・スウィフトゥリトゥ。それが、五匹。
初心者にとっては間違いなく脅威。接敵したら即逃げろと言われるその魔物を——、
「——<
世界は捻じ曲げられた。サライヴァ・スウィフトゥリトゥの体が、貫かれ、斬られ、潰され、散り散りとなった。翼は捥げ、アイテムと化し、ぱらぱらと地に墜ちた。
「……………………もうそれ<
「素に戻ってんぞ。……まあ、確かにそうだけど」
八宝菜がしたことは<詠唱改変>。本来、<詠唱改変>は呪文を変え、魔法によって起こされる現象の性質を状況に適応させるものである。しかし、八宝菜はこの世界の“詠唱が長ければ長いほど威力が強くなる”という決まりを利用し、魔法の性質そのものを変えた。言うなれば、そふかのオリジナル魔法とはまた別の“改変魔法”である。
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