第6話 救出、洗脳
「は~、窮屈だった」
「お疲れ。はい、毒」
「Thank you! うっわ、まっず。苦しい!」
「本当に飲みやがったよ、馬鹿なの???」
「だって渡してきたから……」
「捨てると思うやん」
「推しがくれたもんを捨てるなんてオタクの名折れ」
だからと言って毒を飲むなという話である。
八宝菜は無事マリリンに買われ、そふかの手によって解放されている。当の購入者は大金が詰まった袋を司会に投げつけ、高みの見物をしているであろう主催者を〆に行ってしまった。ヤクチュウもそれに同行したため、そふかと八宝菜のいつものコンビに戻ったというわけだ。
口直しに鮭おにぎりを貰いつつ、この後の予定を聞く。
「わたしはちょっと行きたいとこあんだけど、そふかはどうする? ログアウト?」
「ふむ。……特にやりたいこともないから、君について行くことにするよ」
「りょうか~い」
なお、今二人がいるのは舞台上である。大勢の視線に晒されているのに普段通りすぎである。図太いのである。
荒廃したスラム街で、一人の貴族の男が複数の奴隷を引き連れていた。彼は獣人マニアで、連れている奴隷は年齢、性別などに統一性はなく、その全てが獣人である。獣人を手に入れるためならば法やモラルを平気で無視してみせる——駄目なタイプのマニアであった。
首輪を嵌め、鎖で繋ぎながら、男は奴隷たちの使用方法に思いを巡らせていた。
(使用人は足りている。愛玩用も十分だ。あぁ、やはり遊びを楽しむのが良いな。剣か斧か。鞭も良いがもう飽きてしまったな。鎖をそのまま使うのも良い)
そんなことをつらつらと考えていると、
「ドーン!」
ゴッと脳に響く音がして、男が倒れ伏す。
「あぁクッソ! 力入んねぇ! グシャッとやるつもりだったのにー! やっぱさっきの毒が効いてるな~」
「馬鹿かよ。……それより、目的の子とやらは大丈夫か? 主人が死んだら奴隷も死ぬよう命令されてたらどうするつもりだったのさ」
「そんときはそんとき! 策ならある!」
「君が良いなら良いけどね……」
奴隷の集団に視線を移す。突然現れた脅威に身を震わせる中、一人だけ違う反応をした獣人がいた。
薄茶色の髪と瞳の少年。着ている服といえば襤褸切れに等しく、瘦せ細った体と痛々しい傷と痣がいくつも残る肌が覗いて見えた。
「や、そんな姿だったんだね」
「……ぇ? 君、どうして……?」
「金持ちで金好きの美少女に買われてな。これからギャルゲーが始まるところだ」
「嘘教えんな」
誰がどう見てもシリアスシーンでふざけ散らかす八宝菜。もう救いようがない。
「まぁあれだよ。潜入調査的なあれだ」
「どれだよ」
「ところでわたしの部下になる気ない?」
「テンポってもんを考えろ」
シリアスが瀕死。
「ぶ、部下……? 君ってすごい人……?」
「むしろこれからなる予定だな」
「だから大嘘教えんな」
「最強目指してんだからええやろ」
シリアスは死んだ。
「でも、僕なんか……」
「そう自分を卑下するな。その年で親に売られて、他人を気遣えるなんて大したもんだ」
「幼女が何か言ってる」
「わたしのはガワだけだから良いんだよ。まぁ他にも有用……じゃなかった。有能なとこもあるし」
「ゴリゴリ道具として使う気満々じゃねぇか」
「失礼な、福利厚生はしっかりするタイプよ。わたし」
「そこの心配はしてねぇよ。……どっちにしろ、まず彼の意見を聞かなきゃだろ?」
「それはそうだねぇ。そんで、どう?」
「え、えっと、その……」
つっかえながらも言葉を紡ぐ。
「あの……。僕は愚図で、僕を部下にしても……迷惑をかけるだけだと思うよ……」
「そんなことねぇよ。ってか、わたしが見込んだんだぞー?」
「でも、でも……」
「なーにがそんなに嫌だんだよ」
「——だって!!! 両親は一度も僕を褒めてくれなかった……!」
「……」
(両親、ねぇ……)
「僕、たくさん頑張ったんだ! たくさん、たくさん、たくさんたくさんたくさん……! いつか褒めてもらえるように、いつか“偉いね”って、いつか“凄いね”って言ってもらえるように!!! 僕は両親を愛していた……! でも、両親は僕を愛さなかった!! “わるいこ”だってお風呂に沈めた!!! 役立たずだって殴った!!! 産まれてこなければ良かったって言われた!!! もう要らないって捨てようとした!!! だから! 殺した!!!!!」
叫ぶ。鬱屈を叫ぶ。悲痛を叫ぶ。堪えていたものを吐き出し、泣き叫ぶ。
「……愛されたかったなぁ」
それは、幼い少年の本音。愛されたかった。ただそれだけだったのだ。
「——腹立つなぁ。……まだ、愛してるなんて言うのか」
囁いてすらいない、息を吐くような小声。そふかにだけ聞こえる、知っている、苦い記憶。
「愛していた? 愛していたならなぜ殺した」
「違う、僕は……」
「違わない。両親はお前を愛していなかった。そして、お前も両親を愛していなかった」
「違う! 違う!! 僕は——」
「——殴られることが愛なのか? ならば、そんな愛は要らないだろう。いいか? 両親がお前を捨てたんじゃない。お前が両親を捨てたんだ」
「ちが、……は、——え?」
「当然だな、散々虐げてきたんだ。実の息子に捨てられても文句は言えまい。いけなかったのはお前の両親だ。役立たずなのは、産まれてこなければ良かったのは、要らなかったのは——全て、お前の両親だ」
「え、は……」
「お前は悪くない。悪いのはお前の両親だ。わたしが認める。後は、お前が認めるだけだ」
「わるいのは……?」
「お前の、両親だ」
「ぼくの、両親」
「そう、良い子だ」
サヴァイの頭を撫でる。子を慈しむ母のように——そう形容すれば、八宝菜はきっと「反吐が出る」と言うことだろう。
「——僕、君に……いいえ、貴女に仕えたいです。どうか、僕を部下にしてください」
「おっけー! じゃ、後で色々決めたいことあるからここ入っといてね~。<
ぐわんと八宝菜の影が広がり、サヴァイを包み込む。
「? 君って<詠唱破棄>しかできないんじゃなかったっけ?」
「そだよ。だから普段の会話を<詠唱改変>で“呪文の詠唱”ってことにしてる」
「相変わらずめちゃくちゃだね」
そうは言うが、そふかも大抵めちゃくちゃなことをしているため似た者同士である。
「は~、それにしても何だかなぁ……」
「随分と浮かない顔だね」
「まぁなぁ……。う~ん、多分だけどね。あの子、両親に洗脳されてたね」
「洗脳? お前が今さっきやったやつじゃなくて?」
「それは言うな……。そっかぁ……、そうじゃん。ヒィンまたやっちゃったよ……。
や、まぁ反省会は後でやるとして……。えっと、“洗脳”ってどうやってできるか知ってる?」
「飴と鞭じゃねぇの?」
「それもあるけどね。一番は“身も心も痛めつけ続けること”。ざっくり言うと、“生きる活力を失わせる”って感じかな。抵抗をさせなくするって言い換えても良いけどね」
「昔の君みたいだ」
「……わたしのは、“虐待”じゃないよ。実際、本当に血の繋がりがあるか疑うレベルに真面目で真面な兄は普通に育ったわけだし」
「そうだな。ただ、お前にとって“最悪”だっただけだ」
「そうなんだよねぇ……。あー! 思い出したら腹立ってきた!!! 八つ当たりしてぇ!!!」
「何人か殺す?」
「いやー、それだとマリリンの商売の邪魔になるしなぁ。ま、別ゲーやってくるわ」
「いってら」
「いってきま」
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