第2話 沈黙と騒動

 オープニングムービーを堪能した響——八宝菜は街に降り立つと、手を握ったり開いたりして、自分の体の感覚を確かめ——


「はーーーー!!!!! 視点が低い!!! 胸が軽い!!! 最高!!!!!」


 ——人目を気にせず思い切り叫んだ。


「部屋移動するときに頭ぶつけないのも、さらし巻かずに動き回れんのも最高過ぎる……!! 最高オブ最高……!!」


 店に出入りしたり—冷やかしではなく、ポーション類を購入した—、ぴょんぴょんと跳ね回る八宝菜。リアルでこんなことをすれば、身長が高く、学生には見えない響は即、職質をされるだろうが、今は幼女アバターであるため、微笑ましい目で見られるのみである。もちろん、プレイヤーからは「何だこいつ」といった目で見られているが、八宝菜のメンタルは強靭なので気にしない。


「んで」


 スンッ、と急に真顔になる八宝菜。


「あやつは……いずこへ??? いや、スポーン地点が王国内でランダムなのは知ってるけどさ」


 脳内で疑問符を浮かべるながら、どうしたものかと思案する。


「君、どうしたの? 迷子?」

「ほへ?」


 立ち止まって考えていたためか、途方に暮れていると勘違いされたのだろうか。八宝菜(のアバター)よりも身長の高い少年が、しゃがんで目線を合わせながら八宝菜の顔を覗き込む。


「ねー、みんな! 迷子の子がいるよー!!」「え、ほんと?」「大丈夫?」「おうち分かる?」「見て! この子、体透けてるよ!!」「幽霊!?」「どうしたの?」


 瞬く間に少年少女が集い、口々に話す。子供特有の高い声が耳障りだ、と顔を顰めた。子供嫌いの八宝菜としては、今すぐ殴殺したいところだが、向こうはあくまで善意で話しかけている。この状況で殴りかかれば、悪いのは完全に八宝菜側だ。

 『FMB』には国ごとに法律が存在し、王国内でのNPCkillは重罪である。ログイン直後にしたいとは流石の八宝菜も思わない。


「おい待て 私は……」


 仕方なしに子供たちを制止しようとする、が。


と、はぐれたのかな」

「……」


 一人の少女の言葉に口を噤んだ。


「あっ、もしかして探検家さんかな?」「あぁ! そうかも!!」「なら連れて行ってあげようよ!」「さんせー!!」


 八宝菜の変化に気づかず、話し続ける少年少女。


(話聞かねぇ……)


 八宝菜は心底嫌そうな顔をした。





「……あれ?」

「どうしたの?」

「なんか……人がいっぱいいて通れない」


 大通りを塞ぐほどの人だかり。小柄、というより幼女の八宝菜でも普通には通り抜けられないほどの人数である。


(めんどくせぇ……)


 早くガキどもから解放されたい。その一心で嫌そうな顔のまま、野次馬をするプレイヤーたちの体を通り抜ける。種族:幽霊レイスは実体がない。攻撃時は固有スキルの<実体化>で干渉できるようにするのだが、今はどうでもいい。



「あっ、ちょっと!!」


 少年が引き留めようとするが、八宝菜は無視して人だかりの中心に近づく。


(はぁ、さっさとこいつらから解放されたいのに……。誰だよ。大道芸でも、やっ、て、ん、のか。…………え?)


 黒髪に青みがかった黒目の色白美男が人だかりの中心で四つん這いになっていた。


 大分意味不明な光景だが、八宝菜はそれで混乱しているわけではない。問題は、そのアバターの特徴というか容姿から服装の何から何まで、そっくりそのまま文芸部副部長たる双葉であることだ。


(いや待て、待つんだ。もしかしたら、もしかしたら奇跡的にアバターが被っただけの他人って線もある。『FMB』はプレイヤーネームが被ることはない。ここは落ち着いてプレイヤーネーム確認し——はーーーーーーー!! 本物確定じゃねぇか!! 双葉マジで何やってんの!?!?)


 四つん這いになっている男の頭上に浮かぶプレイヤーネームは、。間違いなく、八宝菜が決めたプレイヤーネームである。

 ちなみに、本名である双葉ふたばめぐるの“双”と“廻”を音読みにして、そうかい。それでプレイヤーネームを“蒼華そうか”にしようとしたら「女っぽいからやだ」と拒否され、“そふか”になったという裏話がある。しかし、今それはどうでもいいことだ。


今北いまきた産業さんぎょう

「俺半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイア

 今昼間

 デバフヤバイ」

「おーけー、分かった。洞窟まで連れてくから動くなよー。<実体化>」


 動けないそふかをお姫様抱っこする八宝菜。高身長美男を幼女が抱えるというシュールな絵面が生まれた。しかし、背に腹は代えられない。

 八宝菜は日が当たらない場所へ移動すべく、足に力を籠め、


「あぁ……、……お前らついてくんじゃねぇぞ」


 走り出す前に、釘を刺した。少年少女の方を睨みつける八宝菜に、そふかは何かを察した顔をした。


「行っちゃうの?」「そっか。じゃあ、ばいばーい!」「じゃあね!!」「ばいばい!」


 手を振って見送る少年少女を一瞥いちべつもせず、八宝菜は駆け出した。

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