第6話 愉悦と復讐と羨望と

「ふひっ。ふひひっ! ひゃっはは! ははははははははは——!!!」


 村が、燃えていた。


 泣き叫ぶ幼子、逃げ回る女、怒鳴り散らす男。それらを見ろし、見くだす一人の幽霊が、恍惚を顔一面に浮かべた。


「あっは! ははっ! はは、ははは、ふぅ……」


 一度、深呼吸をして、再び青い炎に巻かれた村を見つめる。炎が青くなっているのは、そふかの<熱魔法>によるものだ。


「別に青くする必要なくない? MP消費量エグいでしょ」

「いや、かっこいいから。ロマンだよ」

「ロマンなら仕方ない」


 村を燃やした直後の発言がこれである。大分、頭がおかしい。


 ある一軒家の屋根から飛び降り、八宝菜は泣き喚く幼子に近づいた。


「わぁああああああああああああああん!!! やだぁ!!! たすけてぇ!!! おとぉさぁああああん!!! おかあさぁああああん!!!」

「どうしたの?」


 八宝菜が声をかけた瞬間、幼子はびくっと肩を跳ねさせたが、


「ひっく、うぇ。おとうさんとおかあさんとはぐれちゃったの……。ぐすっ」

「そっかぁ。あ、さっきわたし、君のお父さんとお母さん見たかもしれないなぁ……」

「ほんと!?」

「本当だよ、ついてきて?」


 不自然なまでの優しさを、幼子は不思議にも思わず大人しくついていく。


「ほら、こっちが君のお父さん、そっちがお母さんだよ」

「……ぇ」


 そこには人の形をかたどった黒い炭が二つあった。


「信じられない? じゃあ、はい」


 片方の炭が首から下げていたロケットペンダントを開く。すると、中には写真に写る幼子と、男と、女が——


「——いやぁああああああああああああああああああ!!!!! おとうさぁあああああああああああああああああん!!!!!!!! おかあさああああああああああああああああん!!!!!!!」

「ひゃっはははははっはっはあっははは!!!!! そうだね!!! 死んじゃってるねぇ!!!!! ひゃははは!!! ひぃーーーーーーーーーーー!!! げほっごほっ!」


 笑い過ぎで咽る八宝菜は、いかにも楽しそうに口の端を吊り上げる。


「うわぁああああああああああああああああ!!!!! ——ぁ」

「はいはい、耳障りな泣き声は死んでね。良かったじゃん、大好きなお父さんとお母さんのところに逝けて」


 ごきゃ、と幼子の首を折ると、二人仲良く寄り添う炭の傍に横たわらせた。


「わーい、わたし優しー」


 棒読みである。


 何度も何度も炭と幼子を原形がとどめなくなるまで踏み付け、飽きると鼻歌交じりに村を歩き始める。


 ただ逃げ惑う亜人を殺していくだけではつまらないと、八宝菜はお気に入りの歌を口ずさむように呪文を唱えた。


「——燃え、盛え、焼け、爛れ、火は噴き、灯は尽きる。蜘蛛の糸は地に届かず、油は注がれた。ここは極楽に非ず。ここは浄土に非ず。ここは天国に非ず。かんばせは苦痛に歪み、四肢は動かず朽ちてゆく。目を背けども悲鳴が貫き、耳を塞げども血が鼻を突く。血はどこまでもあかくアカく赤く紅く朱く緋く赫く赩く! 紅蓮の如く咲き! 焦熱の如く熱く! 阿鼻叫喚のさまに目が眩む! 涙は涸れ、声は嗄れ、乾いて渇いてゆく。焦げて、すすけて、黒ずんで。醜く惨めに生を求め、哀れ、望みは絶え果てた……。

 嗚呼……! 何と甘美なることか! 嗚呼! 何と愉快なことか! 心地良さ、快さが身を包み、胸が躍り、弾み、晴れ渡る! 興奮に舞い! 恍惚に浸り! 天にも昇る! ここは極楽である! ここは浄土である! ここは天国である!

 ……ここが、命の終着点。悪魔が嗤い、鬼が手招く。煉獄を乞い、奈落に沈め。これは罪、これは罰。産まれることがあなたの罪、死ぬことがあなたへの罰。極悪非道の行いには、絶痛絶苦の責め苦を。どうか、どうかこちらへ来て。ここは寂しいの、一人にしないで。そう言って、悪しき者に足を掴まれ、落ちて、堕ちて、墜ちてと願われ……。嗚呼、罪人様。いらっしゃいませ、<ようこそ、地獄へインフェルノ>!」


 気取った言葉に恥はない。ただ、八宝菜が連ねる言葉には、楽しさのみが乗せられていた。


 だが、炎に包まれる村を見ると、どこか不満気な表情になった。


「やっぱ、そうなっちゃうよねぇ……」


 <地獄の烈火インフェルノ>とは、<炎魔法>の最上位魔法である。その威力は、本来であれば国一つ滅ぼすなど容易い。

 しかしながら、八宝菜はまだそれほどのMPがない。通常、現時点のレベルでは習得すら不可能な魔法を使用できるのは、ひとえに魔王の職業ジョブのおかげである。


 そんな魔法を、八宝菜は使った。それは“改変魔法”の“詠唱が長ければ長いほど威力が強くなる”性質の真逆。つまり八宝菜は、<地獄の烈火インフェルノ>をものとした。


「ま、いいか。もっと長く楽しめるってことで。

 そふかの方も、楽しんでるかな? ……んなわけねぇか」








「何よこれ!? こんなイベントあるなんて聞いてないんだけど!?!?」

「やだぁ!!! 服が焦げちゃった!!!」「バグじゃない!?」「運営にクレーム入れようよ!」


 ぎゃあぎゃあと叫びながら、宿屋を急いで出る女四人。『FMB』は、イベントが突発的に発生し、運営から告知されないことが多いと公表されており、そのことは説明書にも記載されているのだが、この四人には関係ない。自分たちに非は一切なく、都合の悪いことは全て周りのせいだと思う自己中人間たちである。


 なりふり構わず、必死の形相で逃げていると、何かにぶつかった。


「わっ! ちょっと何よ!? ぶつかってくるなんて……って、あっ! そふかさん! 無事でしたか?」

「大丈夫ですかぁ? そふかさん!」「そふかさんも巻き込むなんて……許せない!」「やっぱり、運営に文句言わないと!」


 ぶつかったのがそふかと分かるとコロッと態度を変える。傍迷惑な心配で擦り寄る女四人に、そふかは軽蔑の眼差しを向けた。


「……」

「そふかさん……?」


 黙りこくるそふかの顔を覗き込むと、


「ははっ」


 笑っていた。


「え……? きゃっ!」

「何!? 何なの!?!?」「う、動けない!!!」「助けてください! そふかさん!!!」

「助けてだぁ? 俺が何度助けを求めても無視したくせに?」


 地声に戻し、カスどもを睥睨する。女たちは足を氷漬けにされており、さらに<呪術>によって麻痺状態にされているため、動くことができない。


「はぁ? 何のこと? それに、あんた女だったの?」

「騙したの!? 最低!」「酷い!」「謝ってよ!!!」

「……覚えてねぇか。ほんと死ねよ。……まぁ、記憶に残ってても嫌だな……」


 人間が最初に忘れるのは声だと言う。ならば、そふか——双葉の声を忘れていてもおかしくはない。


 昔、「嫌いな奴に存在を認識されてるだけで反吐が出る」と言っていた親友を頭に思い浮かべ、確かにそうだと頷いた。


「さて……。拷問方法は俺の方で考えるとは言ったが、そこまで詳しくねぇんだよな……。だから、とりあえず俺の得意分野で殺ることにした」


 喚き出す女たちを、感情を感じさせない瞳で見つめて、そふかは言い放った。


「お前ら、凍死って知ってる?」


 <熱魔法>を使う。炎によって熱せられた周囲の空気が、一気に冷え込んだ。


「人間ってな、体温が二十度以下になると死ぬんだよ」


 物分かりの悪い馬鹿どもに、優しく語りかけるように告げる。


「俺なりに考えたんだ。『FMB』には強制ログアウトがあるから、普通に拷問すればお前らは碌に苦しみもせず、またどこかで害を撒き散らす。ぶっちゃけ、どこの誰がどうなっても俺はどうでもいいんだが、お前らが生きてるだけで腹立つんだよ。

 んで、お前らの殺し方としてを使うことにした」


 『FMB』は、オープンワールドを謳っている。当然、草原や森林だけでなく火山や海なども存在する。

 例えば、氷雪地帯に行ったとしよう。様々な対策と準備を重ね挑んでも、耐えきれない寒さはある。しかし、魔物や他のプレイヤーが直接介入してこないによる苦痛は、強制ログアウトの対象にならない。そのようなことで一々ログアウトしては何も楽しめないのだから、当たり前である。


 そのをそふかは<熱魔法>によって再現しようとしているのだ。


「これなら、強制ログアウトもしない。お前らを苦しめて殺せる……!」


 呪って呪って呪い続けた積年の恨みを今、ここで晴らすとばかりに、そふかはじわじわと、じわじわと、熱を奪っていった。






 体温35度。


「あぁもう! 寒い……!」

「早く私たちを解放しなさいよ……!」「そうよ!」「今なら許してあげる!」


 苛立ちを隠そうともせず、そふかに向かって吠える女たち。体は<呪術>による麻痺のためか、それとも純粋に寒さのためか動くこともできない。それぞれ、スキルを発動する余地もなくなった。






 体温30度。


「い、いや……」

「ひっ」「助けて……」「誰かぁ」


 痙攣し、寒さによってか恐怖によってか、ガタガタと女たちが震え始めた。

 最初は威勢の良かった女たちも次第に弱音が漏れる。立つこともできず、互いに縋りついて抱き合っている。


 凍えゆく中、そふかは女たちが強制ログアウトさせられない範囲で、刺したり、貫いたり、斬ったり、殴ったりしていた。顔はズタズタで、服はボロボロ。気分で炙ったり、焼いたりもする。


「痛いよぉ! もうやめてぇ!」

「あぁああああ!!!」「痛い、痛い……!」「やだ……もうやだ……」


 タイミングを見計らうことなどできやしない。それが、恐怖を増幅させていた。


 燃え盛る周囲に反する局所的な極寒の地。舞ってきた火の粉すら、冷めて落ちていった。






 体温25度。


「……」

「「「……」」」


 皮膚の色は蒼白を超えて暗紫色になっており、摩擦の熱を得ようとしても、手を動かすこともできない。口を動かすことすら、できていない。

 筋肉は弛緩し、失禁しているが、それについて反応することもなく、ピクリとも動かない。






 体温20度。


 死体。何も言わない。何も喚かない。何も叫ばない。ただの死体。


「はは、は、ははは……楽しめるわけねぇだろ、バーカ」


 死体を踏み付けながら、そふかはぽつりと呟いた。






「嫌! 嫌ぁ!!! その子だけは! 息子だけはどうか助けてください!!!」

「や だ !」

「……う、ぁ」


 赤ん坊の頭を両手で掴み、握り潰す。そして、赤ん坊の母親とおぼしき獣人の女性の耳、尻尾、爪、指、両手首、両足首、両腕、両脚を順に捻じ切り、達磨のようにしていく。


「あ、ぁああああああああああああああああああああ!!!!!」

「は~~~!!! 絶望の悲鳴で心が洗われる~~~~~!!!」


 服についた返り血を嬉しそうに、愛おしそうに撫でていると、背後に気配を感じる。


「よぉ、そふか。楽しめた?」

「分かって言ってるよね??? はぁ……。……それにしても、ほんと悪趣味だね」

「いやお前も人のこと言えねぇかんな??? なんだその氷像」


 そふかの背後に折り重なっているのは、凍え死んだ女たちである。絶望、恐怖、憤怒、苦痛。様々な負の感情を浮かべたまま、凍り付いている。


「こいつらの存在を欠片も残したくなくてね。野菜は<念力>のスキルを取ってただろ? 後で良いから粉々にしといてくれ」

「りょーかい」

「……僕は先にログアウトしてるから」


 そふかを見送った後、八宝菜は陰諧を影から呼び出す。


「いやー、流石のそふかも憔悴してるね。……と、いうことで! 陰諧、出番だよ! 三匹も産んだママみでそふかをオギャらせてやれ」


 訳の分からないことを言い出す八宝菜にゴミを見るような視線を送りながら、陰諧は主人の命令に応えるべく空を飛んだ。


「さて、と」


 八宝菜は氷像に向き直り、つまらなそうに眺めた。


「そふかも勿体ないことするなぁ。この娘たちも、良い悲鳴を上げてくれたろうに」


 だからといって、庇うつもりもない。幼馴染であり親友であり相棒である双葉を傷つけた罪は重く、万死に値する。それに、からだ。


「可愛らしい毒花のお嬢さん。我が親友のために、死んでくれ」


 氷像は、粉々に砕けて散った。


 残骸に興味を失った八宝菜は、ついでとばかりにウィンドウを操作する。


 ——プレイヤーネーム:rinaを通報しますか?


(Yes)


 手を払う素振りでウィンドウ画面を消しつつ、八宝菜はそふかが去っていった方向を見つめる。


 八宝菜は、トラウマを克服したともいえるそふかに、尊敬と少しの羨望を抱いていた。


「いいなぁ……」


 この世で最も憎い相手が


「自分の手で殺せるなんて」


 羨ましさを無視するために、八宝菜は炎を振るった。


 所詮、これは八つ当たり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る