闇が呼ぶ

妻高 あきひと

闇が呼ぶ

 夏が年々暑くなる、いや熱くなっている。

今年もまた昨年よりも熱くなるのだろう。


なので海と山は大賑わいだが、最近はこれに心霊スポットが加わってきた。

以前から人気はあったが、最近は熱さしのぎと話しのネタ探しで探訪する人が増えたらしい。

ただ人が多すぎて心霊のほうが姿を隠して出てこない。

たまに出てきても最近の見物人はちっとも怖がらない。


 山中の庵に住む冥界案内人”アヤカキ”がひとり言をいっている。

「昔の心霊スポットは良かった。遠くに立っただけで大騒ぎで、中には気絶する奴もいたのに、今じゃ『ひどい顔ね』とか『何よあれ、口が裂けてるわよ』などと指差して笑う奴さえいる。哀しい世の中になったものじゃ。霊や怪異への敬意さえ無い。


一方では見た目のいい霊はタレント扱いじゃ。

心霊女子なんかに騒がれて、最近は化粧が濃いくなる者も出てき始めた。

楽しい霊、愉快な怪異、かっこいい物の怪では話しにならん。


じゃが、世がどうなろうと人間がいる限り恐怖は存在する。

そして霊界に真の恐怖が誕生した。

名をミヤという、こいつはすさまじく怖い。

霊界を知るわしでさえ最初は身体が震えた。


こいつは恐ろしい、身の毛もよだつ。

そいつは今ここにいる。

先ほどから黒いもやが漂っておるが、すでにきておる。

どこにいる。

・・・うわっ びっくりした そこにいたのか、わしに顔を見せるな!恐ろしいわ。 


ミヤの闇は自分が背負うておる闇じゃ。

ミヤが動くたびに闇も動く。

それにこの闇はただの闇ではない。

数え切れぬほどの人の心の闇の集まりじゃよ。


人の心は底知れぬほど暗く深い。

ミヤも元は人じゃ、ただ生きておるうちに、言語に絶する凄まじいほどの恨みを背負うてしまった。

よほど酷い目におうてきたのじゃろう。


哀しいことじゃが、それがミヤの運命(さだめ)じゃよ。

冥界で生まれ変わったが、悪い方に変わってしまった。

ミヤは幸せな者をみると襲い、死なせた者の心の闇も食い、いつの間にかあらゆる人の心の闇を手に入れ、今ではとてつもなく大きな闇を背負う身となってしまった。


そのミヤを今から人間の世界に送り出す。

そうせねばこちらがもたぬ。人間には悪いが数が多いのじゃから我慢してもらおう。

わしはミヤを人の世界に送り込むだけで、行く先はわからん。

まあ、どこかへ現れるのよ。

どこへ行こうと、わしゃ知らん」


             それから数か月後


 関東のある町で自殺者数が急激に増え続けている。

自殺者なぞ今までは年にゼロのときもある静かな町だが、ここ半年の間にすでに三十人を超えた。

ところが経済的問題や人間関係に悩んでいた者もおらず、家族にも自殺する心当たりがない。


ただ全員に遺書がなく、突発的に自殺しているのが奇妙だった。

そして奇妙なことがもう一つ、自殺者全員の顔が恐怖に会ったように顔がひどく歪んでいたのである。

顔を歪ませた理由は誰にもわからない。


では事件かというとそうではない。

警察も県警の応援まで受けて捜査したが事件性を感じさせるものはなく、全員が発作的に自殺の道を選んでいた。

一人だけ遺書があったが、これは当人が重病を患い、以前から生きる望みを失い自殺をほのめかしていた。


結局残りの者は総てが発作的に死を選んだという結論に至った。

なぜそうなったのかは県警にもわからず謎のままだ。

だがその直後にまた二人自殺者が出た。


さすがにマスコミも騒ぎ出し、周辺の町にはまことしやかな噂が流れ始めた。

いわゆる「呪われた町」という類の悪質な噂である。

息子や娘の結婚にも就職にも影響するとして町を出て行く者も出始めた。


ところがなぜか、今度は自殺する者が突然いなくなった。

ひと月、ふた月、半年、その後も自殺者はいない。

町が元に戻ったのである。

町民も町長もマスコミに出て喜んだが、なぜあれほど自殺者が出たのか、分からぬままだ。


 その頃、町にしばしば取材できていたフリーのライターがいた。

警察にも顔なじみの人物で、自殺した人々の足跡を丹念に調べて歩いていた。

彼が調べたところでは、いずれの場所でも薄く黒いもやのようなものが流れていたというが、重病で自殺した人物のときは黒いもやは無かった。

では、このもやは自殺に関係があるのか、わからぬままライターはどこかへ消えた。


             およそ半年後


 今度は関西のある町で自殺者が急増し始めた。

あの関東の町とまったく同じである。

今度は国も動いた。

保健所も医師会も動員され、自殺者の解剖も続けて行われた。


だが何も異常はない。

あの関東の町の自殺者と共通しているのは、そう恐怖に会ったように顔が歪んでいたのである。

そしてもう一つ、やはり黒いもやが自殺者の周りを漂っていたというが、科学的な反応はなく、無視された。


 今も自殺者が続くある日、あのライターの姿が町外れの公園にあった。

その公園では今のところ最後の自殺者が出ていた。

夜の食事をすませたあと、一人で散歩に出たものの三十分ほどで道路に飛び出て通りかかった大型のトラックに轢かれて亡くなった。


大勢の目撃者がおり、すぐに自殺と断定された。

本人はまだ結婚して一年、夫婦仲もよく、妻は妊娠中だった。

これも自殺する理由が無かった。


ライターは地元の刑事に話している。

「情報を教えるから、そっちのことも教えてよ」

「内容によるわな、聞いてからでなきゃ言えないよ」

「じゃまずオレから、この町でもそうだけど、自殺者全員に共通しているのは誰にも自殺の理由が無いてことよ」


「そうだよ、だからみんな悩んでんだよ」

「つまりさ、もう一歩踏み込めば、みんな幸せの中にいたってことよ」

「幸せが共通項かい、幸せなら死ぬこともないだろう」

「でもさ、一方では亡くなった人の顔はみな歪んでいるんだよね、ここで亡くなった人もそうだろう」

「ウウン、まあそうだけど」


「これから先は少々現実離れしたオカルト的な話しになるからさ、その気で聞いてよね、俺は真面目に話してんだから」

「オカルトかい、まあいいわ、県警も藁にもすがりたいほど悩んでんだから聞いてやるよ」


ライターは話し始めた。

刑事は顔を空に向けたものの、すぐに足元を見た。

顔が青い。

刑事がいう。

「黒いもやかい、それ、捜査会議で言ったらバカヤローていわれてオレ左遷だよ」


「でもこれは、当たりだよ」

「証拠はあるのかい、オカルトならそんなもんも無いだろう」

ライターはカバンから地図を出し広げた。

「いや、北陸のさ、この町の北にあるこの山に行けば疑問が氷解するよ、保証する。俺はもう四度も行って確信をもっている。どう、行ってみないか、県警幹部は俺が説得するよ」

刑事はライターを覆面パトカーに乗せて署に戻っていった。


            北陸の山


 数日後、北陸のその町の北にある山に彼らは向かった。

車は、昼なお暗き森の中の小さな庵に行く道に入った。

「こんちわ、大人数で押しかけて申し訳ない、ボクです」

ライターとあの刑事、それに県警の幹部に関東のあの町の県警からも二人、普通車と三台のワゴン車に分乗して十数人がやってきた。


ライターがいう。

「アヤカキさん、ご連絡したように皆さんにお話ししてあげてください」

アヤカキはいった。

「ああ、よろしいとも、じゃ狭いけどこちらへ」

警官三人は外に立ち、車には一人づつ残っていた。


アヤカキはすぐに話し始めた。

「あの自殺はの、ミヤの仕業ですよ」

「ミヤとは?」

「人の幸せが許せぬ者ですのじゃ。姿は女ですが声は男で顔は見ただけで恐怖で気絶するほど恐ろしきものです」


「それが自殺とどう結びつくのです?」

「ミヤは元は人ですが、しばらく前に冥界で生まれ変わった者でしてな、凄まじいほどの怨念を背負うております。幸せそうな者をみるとその幸せを壊したくなるらしい。生前にはよほどの目に合っているのでしょう、不憫なことじゃが。


なので不幸な者には一切手は出しません。関東関西の町で自殺した方々はみな幸せの中でミヤに目をつけられたのでしょう。ミヤの顔を見た者はその場で希望を失い生きる力さえ失い、すぐに死のうとします。わたしがミヤを人の世界に送り込みましたが、ああせねばわしが殺されるところでした。申し訳ないとは思うてます。これは真実であり、作り事ではございません」


県警幹部がいう。

「信じられません。あり得ない、やはり来るのではなかった」

「ご一行の中に人に倍して幸せな方がおられますか」

誰かがいった。

「車に乗っておる若いのが結婚式を控えていますが、豪農の息子で嫁さんも大企業トップの娘さんです。一番幸せなのは彼かなア」


アヤカキがいう。

「今朝のこと、おたくたちが来られる前にこの庵の後ろに大きな闇が広がっておりました。

ああ、帰ってきたなと思いましたが、その若い方に何かあるやもしれません」

先の幹部がいった。

「何をバカなことを、みなさんもう帰りましょう」


数人がバタバタと表に出ると外はいつの間にか異様に暗くなっている。

そしてなにやら黒いもやのようなものが漂っている。

すると豪農の息子の警官が乗る車の中ですさまじい悲鳴が聞こえた。


突然その警官が車を飛び出し、その場で拳銃を抜いて自分の頭を撃ちぬいた。

パーン 山に銃声がこだました。

みんなが駆け寄った。

若い警官は血まみれになってうつ伏せに倒れていた。

仰向けにすると若い警官の顔は歪んでいた。

黒いもやは、ゆっくりと土に吸い込まれていった。


 後日、県警は自殺と発表した。

あのライターはすべての資料をそろえ、あらゆる出来事を詳細に記し、一週間後には週刊誌に第一弾のスクープが載る予定だ。


ライター人生で初めての大スクープ、それもオカルト混じりだ。

名も日本中にいやネットで世界中に売れるだろう。

ライターは恋人に電話した。

「おい、待たせたけど一緒になれるぞ」


三日後、彼は事務所で首を吊っていた。

顔は歪んでいたという。
















 











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闇が呼ぶ 妻高 あきひと @kuromame2010

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