第5話 元勇者パーティー③


 宿にアプリアと一緒に戻ると、褐色の女性は意外そうに目を見開いた後、頬を緩めた。


「戻ってきてくれたんだ、アプリア」


 優しい声色で名前を呼ばれた少女は顔を赤く染めてそっぽを向く。


「ふんっ。こいつがうるさかったからしょうがなくね」


 アプリアがジト目で私の方を睨んでくる。旅を続けると決めてはくれたが、彼女と友好関係を築くには時間が掛かりそうだ。


「ぼ、僕も嬉しいです」


 奥にいたノートンはなぜか拍手しながら、帰還を喜んでいた。意外と仲間のことは大切に思う性格らしい。


「みんな大袈裟だって、もうっ! さっさと次の街への道筋を考えましょう! ……私が行くんだから、あなたたちももちろん来るでしょう?」


 少女は少し不安そうに仲間の二人の反応を待つ。


「当たり前じゃないか。私は元々、一人でも行くつもりだったよ」


「ぼ、僕もルシールさんが戦うなら。か、回復役は必要だと思うので!」


 二人の言葉に自然と安心した気持ちが、少女の表情に浮かび上がる。年相応の幼い少女の顔だ。


「そう……。満場一致ね。旅を続けるわよ」


 アプリアのおかげでトントン拍子で話が進んでいく。案外、人望はあるのかもしれない。


「ありがとう、アプリアさん。皆さんをまとめてくれて」


「感謝してよね。代わりにちゃんと私の盾になってよ」


「もちろんですよ」


 彼女が協力してくれるなら、私はいくらでもこの身を捧げるつもりだ。


 アプリアはそんな私の言葉をつんとし表情で聞き流しながら、地図を開いた。


「おじさんは知らないと思うから一から説明するわよ。私たちの次の目的地はこの街」


 アプリアは地図に赤い丸がされている場所を指差す。道のりは大きく分けて二つあるように見える。


「私たちは魔王の居城に攻め入るための手段を探しているところなの。魔王の居城には強力な魔法障壁と広大な毒の沼地があって人間の侵入を拒んでいるそうよ。この街には」


 少女は地図に書かれた街をとんとんと指で叩く。


「魔王の居城に展開されている魔法障壁を壊す道具があるらしいの。私たちの当面の目標はそれを貰いに行くことよ」


「なるほど。で、今議論すべきことは二つのルートのどちらを選ぶかと言うところですかね」


「その通り! おじさん、意外と頭が柔らかいわね」


 勇者パーティーの動向については城内である程度情報が共有されていたので、アプリアの説明はすぐに理解できた。


「右のルートは道が巨大な湖を迂回しければいけないので時間が掛かりそうですね。左のルートは平野で道も一直線。普通に考えれば比べるまでもないですが」


「それについては私が話す」


 ルシールが地図を睨んでいる私に注釈を加える。


「左のルートにバツが付いている部分があるだろう。それは魔物によって陥落し、廃棄された城だ。かつてはその城を中心に街が広がり栄えていたそうだが、城と同じように廃墟になっている。そして、今やその廃墟は盗賊や魔物の根城になっているのさ」


 人々の生活の基盤になっていた城も街も、今や悪意に染まっている。悲しい話だ。


「左の道はこの廃城と他の街を繋いでいた。この道を通るなら、現在巣食っている住人たちと間違いなく会敵することになるだろうな」


「時間が掛かるけど安全な道と、近道だけど危険な道ってことですね」


 腕を組み、頭の中で情報を整理する。


 勇者が居た時なら左の道で問題なかったんだろうが、今はパーティーで一番強い人間が欠けて代わりは私だ。伝令を確実に遂行するための最低限の護身術を持っているぐらいだ。


アプリアと神官のノートンを私と戦士のルシールで守る形が基本になる。人員に余剰はない。大人数相手に襲われた場合、簡単に崩されてしまいそうだ。


 安全策が妥当か。私がそう提案しようとすると、


「私はもちろん、左に行こうと思っているわ」


 アプリアが出し抜けにそんなことを言い出すものだから、へぇ? と間抜けな声が誰かから漏れた。私の声だった。


「だって、守ってくれるんでしょ。お・じ・さ・ん?」


 意地の悪い微笑みと有無を言わせない眼差しに、私は頷くことしかできなかった。

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無敵の勇者が死んじゃいました。 井織ナス @iorinasu

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