あなたは何もしなくて大丈夫ですよ。
芦花公園
大丈夫ですよ。
前に、親戚のおばあちゃん――ああ、祖母ではないですよ。
ほら、なんかどういう関係性か知らない親戚っていません? いない?
うちが田舎だからかな。
まあいいです。
とにかく、そのおばあちゃんの話です。
去年こんなふうになっちゃいましたけど、ここ、空き地でした。
多分、誰かの土地ではあったんでしょうけど、誰のか分からない。そのうち、なんとなく皆で使いだして、中には花とか植える人もいて。けっこう子供たちも遊んでたみたい。まあ、きょうび、空き地なんて珍しいですもんね。
おばあちゃんは、空き地の、ちょうど裏。そう、あの家に住んでたんですけど。
この辺、夜真っ暗になっちゃうでしょう?
だから、夜こんなところに来るわけないのに、何故かその日、空き地から大きな叫び声がしたらしいんです。
おばあちゃんはその大きな声で飛び起きて、懐中電灯を片手に様子を見に行ったら、若い女の人の顔が草陰にぼうっと浮かび上がっていたんですって。
おばあちゃんは悲鳴を上げて、逃げ出そうとしたんですけど、気付いたんです。
ようく見ると、本当に生きている女の人。生気の抜けたような顔でへたり込んでいたから、生きているとは分からなかった。幽霊みたいだったんですって。
慌てて駆け寄って声をかけても、女の人は反応しません。
そして彼女の額には、黒い線が、まっすぐに、太く、一本ぴっと描かれていたそうなんです。
変だなあとは思ったそうなんですが、イタズラで、マジックで自分で書いたのかもしれない。そんなことより……と、おばあちゃんは救急車を呼びました。
あとで聞いた話によると――あっ、医療者の守秘義務とかですか? ここは田舎で、狭い町なんです。ご理解いただけると。
それで、聞いた話によると、その女性はすぐ、正気に戻ったみたいなんですけど、どうしてあんな場所にいたのか分からないと。
この町の人ではなかったんですけど、たまたま友達の家に用事があって、昼間ふらっと寄った公園――公園っていうのが、空き地のことですね――そこに、なんで自分が戻ってきてしまったのか、全く分からないそうです。友達の家を出てからの記憶も曖昧だったそうで。
で、一番の驚きが、額の黒くて太い線。
刺青だったんですって。驚きですよね。
勿論、女性が自分で入れたものではないそうです。
普段大きい事件の起こらない所ですから、当然いろんな噂が流れましたよ。
「悪い人に誘拐されて、イタズラをされた後に空き地に捨てられた」というのが、一番尤もらしい噂でしたね。
その噂がまだ全く消えていない一週間ほど後、空き地から聞こえてくる大きな叫び声で、またおばあちゃんは目が覚めました。
はい。同じです。
また、空き地には人がへたり込んでいました。今度は男性でした。
彼もまた、何も記憶がなく、額には一文字の黒い線。
そして一週間後も、そのまた一週間後も。
決まって真夜中に、大きな叫び声が聞こえて。
とにかく一週間に一人、昼間空き地に立ち寄ったうちの誰かが、空き地で呆然自失の状態で発見される。額に真っ黒な刺青を彫られて。
もう、田舎で起きた珍妙な事件では済まされませんでした。
警察も、ドラマでしか見たことがないような大掛かりな装備でやってきて。
犠牲者? 被害者? が四人出たところで、やっと空き地は全面立ち入り禁止になりました。
全員おばあちゃんが発見したもんだから、おばあちゃんの仕業だって言う人も中には――いえ、結構いましたね。っていうか、皆そう言ってました。
おばあちゃんの娘さんが、これを機会にっていうか、そんな感じでグループホームに入所させちゃいましたけど。そうなんですよ、おばあちゃん、そのとき85歳だったんです。年の割にすっごく元気でしたけど、さすがにそんなことできるわけないでしょ。
で、案の定、五人目も出て。
もうこうなってくるとどうしたらいいか分からない。
空き地は封鎖されてるんです。入れないんです。入らなくても、近くを通った人はそうなっちゃうんだ……って。
皆、この辺りには寄り付かなくなりました。
それでも被害者は出続けました。
近所に住んでる人とか、車で通ってしまった人とかね。
町全体が暗いムードでした。もう引っ越すしか方法ないのかって。
で、そんなとき、民俗学っていうんですか? そういうオカルトとかホラーっぽいやつ、あれを趣味でかじってるっていう、松山さんちの雄二くんがたまたま地元に帰ってきてて。
「それ、
なんでも、昔、罪人を逮捕した後、額に刺青を入れて釈放していたそうなんです。初犯だと一本まっすぐ、二回目で左払い、三回目で右払い――そう、「犬」っていう字になる。っていうか、「犬」になったら、つまり、四回目にやったら、死刑だったみたいですけど。
昔このあたりに奉行所があったから、罪人たちの「呪い」、あるいは「祟り」みたいに、雄二くんは言ってました。
普段なら一笑に伏すような話ですけど、皆信じちゃってね。神主さんとか呼んで、お祓いしてもらったりして。
誰が言い出したのか、空き地のところに、自分の名前を書いた人形を投げ入れとくんです。そうすると、次の日には、その人形の額に、一本線が入っているとかいないとか。早い話が身代わり人形ですね。
私も勿論やりましたよ。順番だったし。
それで、きちんと効果もありましたね。それから犠牲者も出ていなくて。
でもね、よく考えてみてください。変な話なんですよ。
その奉行所があったとして、罪人たちの呪いだったとして、どうして今になってそんなことが起こるんですか?
ずーっと、なんにも起こらなかったわけですよね。
それに、調べたんですけど、「犬」って文字が入れられてたのは、安芸とか、筑前なんですよ。安芸は広島だし、筑前は福岡でしょ? ここ、四国ですよ?
うん。もっと分からないのは、奉行所があったっていうのは勝手な思い込み。そんなものがここにあったっていう記録はどこにもないんですよ。
雄二くんが言ってるだけなの。
そもそも、罪人たちの呪いって何?とか思っちゃって。だって、なんていうか、棒線一本は識別マークなだけで、生きて放免されてるわけだから。何がしたいの?って感じ。
ほんと、なんなんでしょうね。
実体がないのに、いわくつきの土地ってわけでもないのに――確実に誰か犠牲になるのって。
え?
ここ歩いて大丈夫なの?って、大丈夫じゃないですか?
言ったじゃないですか。私、お祓いにも参加したし、身代わり人形も。
えっ、あなたのこと?
あなたはお祓いを受けていないし、人形も投げ入れてないけど、大丈夫ですよ。
だって、何も起こってないんだもん。
この土地には、なんにもないんですってば。
ちょっと待ってくださいよ。なんで行っちゃうの?
ただのお話なのに。
なんにもないのに。
ねえ。
あなたは何もしなくて大丈夫ですよ。 芦花公園 @kinokoinusuki
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