冬の落書き

霜月はつ果

チョコなんていらない

「ねえ夏野、今どこ読んでる?」


 お昼前の英語の授業中。隣の席の冬坂柚ふゆさかゆずがひそひそと聞いてきた。出席番号が二十八番だからと当てられた、前の席のクラスメイトが教科書を読む声が教室に響く。そんななか、自分の音読する番が迫ってきてるのに気づいた冬坂が俺の教科書を覗き込むように顔を寄せてきたのだ。高校にしては珍しく、机が隣同士男女でくっついているうちの学校ではもう当たり前となった光景。


「ん。ここ」


 シャーペンでトントンと指し、教えるや否や、彼女が指名された。


「ありがと」


 ほっとした様子で役目を終えた彼女がこそっとつぶやく。


「はいよ」


 左手にある窓からは眩しいくらいの日差しが差し込み、くたびれたカーテンから暖かな光が漏れている。真横に見える色素の薄い髪の毛が、光をいっぱいに含んで金色に見える。

 今日は二月にしては暖かい。あと十四分で授業も終わりか。

 そんなことを考えてると、冬坂がぐいっとノートを俺の机の方にはみ出させてきた。



 長方形? 格子模様? いや、直方体か?


 ノートの隅に描かれた絵を見て、戸惑ってしまう。

 まさか、な。


『これなに?』


 俺も自分のノートの隅に書き、彼女の方へ少し出す。


『わかんないの? 結構上手いと思うんだけど』


 ……まさか、な。

 俺は彼女の方を見て軽く首を振る。


『いつもありがとう』


 ノートにそう書き足した彼女は不服そうにボソッと言った。


「チョコ……なんですけど」


 心なしか顔が赤い。いやいや、エアコンが暑いから。


『本物が欲しかったね』


 なんだか恥ずかしくなってきて、口に出せず、再びノートに書いた。


『本物はハードルが高い』


『確かに。返す方もそうだ』


『好きな人からもらった物なら何でもうれしいけど』


『それは俺もそうだけど、本命もらったことないから』


『うわ、悲しい笑』


『うっせ』


 ノートの端がだんだん黒くなっていく。



「――はい、夏野。次読んで」


 邪魔が入った。


 まずい、俺の番が近づいてたのに気づかなかった。今、どこ?


 助けを求めるように冬坂の方を見るも、彼女は当然の様にふるふると首を振る。諦めて先生に読んでいる場所を尋ね、何とか役目を終えた。



 ほっとしたのも束の間。くいっと冬坂に服を引っ張られる。


「―――本命だよ」


 それだけ言って、読まずに開いていただけの教科書でさっと顔を隠した彼女の耳が隠しきれずに赤くなっているのが見える。

 でも、きっと俺も負けず劣らず真っ赤になってるに違いない。だって、顔が熱すぎるもの。


 やっとのことで絞り出した言葉は何のひねりもなくて、かっこつかない。


「……俺も好き」


 前言撤回。もう実物なんていらないよ。

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冬の落書き 霜月はつ果 @natsumatsuri

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