【KAC20213】直感の女

木沢 真流

恐るべき直感の持ち主

 ここから話す内容は高校時代の友人、富安に久々に会った時に聞いた話である。誰に話しても信じてもらえないだろうし、そもそも正直なところ私ももうあの事件とは関わりたくないため、この話は誰にも話していない。よってノンフィクションとフィクションの線引きが不要であるカクヨムここに載せておくのがベストと判断した。


 富安は高校時代、私と同じバスケ部だった。いがぐり頭のやんちゃ坊主、「田舎の少年」という言葉が似合う男だった。お互いレギュラーには程遠かったものの、部の盛り上げ役としてはかなり活躍していた。やらかしも数知れない、お互い100メートル離れたところからロケット花火で撃ち合いをして頬に一生残る火傷を残したり、河川敷でエロ本を燃料に焼き芋をして一帯にボヤ騒ぎを起こし新聞に載ったり、と書き出したらキリがない。

 あれからもう15年。お互い社会人になり、人生をどれだけ楽しめるかよりどれだけ型にはまれるか、そんなことしか考えなくなってから久しい。富安から連絡があったのはそんな日常にもの寂しさを感じ始めていた時だった。


「今度出張で福岡に行く、久々に会おうぜ」


 今ではすっかり大手レジャー企業のホープとして活躍している彼が、長崎の有名レジャー施設を視察に来ることになったらしい。私は行きつけの飲み屋を早速予約した。久々にあの頃に戻って無邪気な気持ちで語りたい、そんな思いが込み上げた。それがまさか彼と最後の会話になるとも知らずに。


 富安は時間通りに現れた。それは言葉通りの意味ではなく、早すぎず遅すぎず、ちょうど5分前に来ていたということだ。一糸乱れぬ高そうなスーツを身にまとい、爽やかな笑顔を浮かべていた。そのまま時間ちょうどに来た私に軽く手を挙げた。


「待たせたな」

「いや、全然」


 そう言うと私たちは予約した店に向かった。


 思ったより私たちは何も変わっていなかった。話す内容も同じ、昔のくだらない思い出話に花が咲いた。バスケ部顧問の愚痴、同級生のあいつが結婚した、離婚した、あいつがつかまって今刑務所にいる、そんな他愛の無い話だった。

 を富安が始めたのは、彼が当初より指定した解散時刻、21時まで残すところ後10分となった時だった。


「そういやあ、お前まだ結婚しないの? 彼女は?」


 私の何気ない問いかけに、富安の顔がこわばった。突然口を閉ざした彼はしばらくしてからこう告げた。


「この前別れた」


 そうか、私はそういってその話を掘り下げるのをやめた。話したければ自分で話すだろう、そう思って沈黙を守っていた。


「彼女は……直感の人だったんだよ」

「直感?」


 素っ頓狂な私の声に、彼は焼酎の入ったグラスを見つめながらゆっくり頷いた。


「前の職場の後輩で、部署内でもそこそこ人気のある子だった。ある夏の日『富安さん、私と付き合った方がいい。直感でわかる』って言われて付き合い始めた。彼女美人だし、正直まんざらでもなかったからさ、付き合い始めたんだ」


 これが結婚相手の話ならきらびやかなBGMでも流したいところだが、先日別れたばかりの彼女の話となるとそうはいかない。


「彼女の直感……怖いほどよく当たるんだよ」


 その「直感が当たる」という話を、なぜこんなにも顔色を悪くして話さなければならなかったのか、それはその内容を聞けば分かる。大体の内容はこうだった。

 この窮地はこちらを選んだ方がいい、そろそろ転職してここにしたほうがいい、こういった何か人生に迷った時になぜか彼女の直感が光る。そして言う通りにすると必ずと言っていいほど当たるのだそうだ。それはいいことばかりではない。誰が別れるとか、誰が左遷されるとか。時には一年以上連絡を取っていない同僚が亡くなるタイミングも見事彼女は直感で言い当てた。とにかく彼はその直感のおかげで今の職に就き、順風満帆な生活を送り、いよいよ結婚話を持ち出した時のことだった。


「別れましょうと言われた」

「なんで?」

「直感、で」


 始まりが直感なら終わりも直感なのか。ところが話はそれでは終わらない。

 

「別れないと、あなた死ぬと思うって言われた」

「別れないと、死ぬ?」

「そう。今まで彼女の直感が外れたことはない。俺死にたくなかったし、別れることにした」


 なんか今までの真剣に話を聞いていたのが急にバカらしくなった。


「おいおい、何が直感だよ、今までは当たってたかもしれない。でもこれからは違うかもしれないだろ? お前はそれでいいのか? 運命は自分で切り開くものじゃないのか? 好きなんだろ? 彼女のこと。彼女お前のこと試してるんじゃないか? 本当に自分のこと大切にしてくれるか」


 富安はしばらくうつむいてから、そっか、そうだよな。もう一度やり直せないか話してみる、最後にそうつぶやいて私たちは解散した。それからしばらくは私も彼のことを思い出すことも、連絡を取ることもなくただ普通の日常を過ごしていた。


 彼の訃報を聞いたのはそのちょうど一ヶ月後のことだった。ランニング中に急に倒れ、救急車で運ばれたがそのまま息を引き取ったそうだ。葬式に参列したとき、彼を知る周りの人からは「彼ストイックだったからね、トレーニングもしょっちゅうしてたし、食べ物も無理してたから。体は悲鳴をあげてたのかもね」なんて声が聞こえていたが、違うだろ。私は彼女のことだけがずっと気になっていた。その人物はここにいるのか、このことについてどう思っているのか。問い質したいことはたくさんある。しかし不思議なことに、数人の彼を知る人物に彼女の話を聞いてみたが、富安に彼女がいたことを知っている人は誰もいなかった。

 あの話はなんだったんだろう。富安のブラックジョークだったのか、それとも実は聞いて欲しくない真実があり、わざと不思議な話でかわしたのか。当人がいない以上、それらを確認することはもうできない。


 私はこのことについてあまり深く考えないことにした。

 しかしある時、ふと思い出したことがある。富安の言葉だ。それまでは直感なんて信じなかった私がすっかり忘れていたこの言葉だ。


「——それと彼女こう言うんだ、私の直感の行動を邪魔する人も死ぬよって」

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