学校のプールの更衣室が男女共用だった話
無月兄
更衣室は男女で分けようよ
夏になると、体育で水泳の授業が始まる。それは、日本中ほとんどの学校がそうだろう。それは、自分の通う高校でも変わらず、授業内容もまた、特別なことがあるわけじゃない。
ただひとつ、恐らく他の学校では、あまり見ないであろう特徴が、一つだけあった。
教室を出てプールに向かう途中、クラスメイトの一人が言う。
「うちの学校、なんでプールの更衣室が男女共用なんだろうな」
そう。うちの高校にあるプールの更衣室は、男子も女子も同じ場所を使っているのだ。
…………えーっと、こんな風に言うと、さすがに色々まずいんじゃないかと思う奴もいるだろうから、一応捕捉しておこう。
更衣室は共用でも、水泳の授業そのものは、男女別々に行っている。つまり、男子と女子が同時に更衣室を使う、なんてことはありえない。
それなら更衣室を一つにして、入れ替えで使えばいい。そう学校側が判断したようだ。
とは言え、いくら一緒に授業を受けてなくても、それなりに厄介なことはある。
「一つ前の時間、女子が使ってないか?」
「どうだろう。一応、用心しておいた方がいいかもな」
男子のすぐ後に女子が使う、もしくはその逆のパターンは何度もある。もしも一つ前に使っていたのが女子で、まだ中にいるにも関わらずドアを開けようものなら、どうなる事か。
ちなみに我が校は、八割以上が女子生徒という男子比のため、万が一女子を敵にまわすようなことがあったら、その後の学校生活に支障が出るということは想像に難くない。
プールの授業の前には、いつもそんな緊張感と戦わなくてはいけなかった。
「……声、聞こえるか?」
「いや、多分大丈夫だ」
男子数人で更衣室の前に立ち、中から声がしないかを確認する。もし声がしたら、中の人が出てくるまで黙って待つ。
そして何の声も物音もしなかったら、次はノックだ。
トントン──トントン──
更衣室の戸を何度か叩くが、いずれも無反応。どうやら、中には誰もいないと思って間違いないようだ。
こうして慎重に慎重を重ね、ようやく更衣室に入ることができる。これが、夏に我が校でよく見られる光景だった。
…………だけど、これらはまだマシな方だったのかもしれない。多少の緊張感はあるものの、一応男女で時間帯が区切られているから、まだ色々と対応はしやすかった。
だけど、そうもいかない時もある。それが、補習授業だ。
「クロール、及び平泳ぎのタイムが規定に届かなかった奴は、後日放課後に補習を行う。指定された日の放課後、プールまで来るように」
水泳の授業中、先生がそんな風に告げる。それが、無情にも我が校のルールだった。そしてその補習メンバーの中に、自分の名前はあった。
そもそもこの補習と言うのは、クロールと平泳ぎでそれぞれ規定のタイムをクリアできなかった人を対象に行われます。そして自分は、平泳ぎがクリアできていなかった。
一応言い訳をさせてもらうと、俺は今まで、ただの一度も平泳ぎをやった事が無かったんだ。中学の頃も水泳の授業はあったけど、そこではクロールと平泳ぎの、どちらか一つを選べばそれでよかった。当時クロールを選んでいた自分は、そもそも平泳ぎを習う機会がなかったんだ。
圧倒的な経験不足。せめてもう少し練習する時間があれば、規定タイムだってクリアできたのに。
その証拠に、この補習が終わる頃には見事クリアしていたのだが、それはこの時点では未来の話。結局、自分を含めた男子三人が、補習を受けることとなってしまった。
いや、面倒だが、この際補習を受けること自体はいいだろう。問題は、その補習が男女同時に行われるということだ。
「……さあ、いよいよ補習か」
補習授業当日の放課後。自分を含めた、補習を受ける男子三人は、誰が呼びかける訳でもなく、自然と集まってはプールへと向かう。
「更衣室、女子が使ってなければいいけど」
途中、誰ともなしに、そんな言葉がこぼれた。
念のため言っておくが、補習授業は男子同時に行われるが、更衣室の使用まで同時というわけじゃない。男子が着替える時は女子に出ていってもらい、女子が着替える時はその逆をすればいい。それだけの話だ。
ただ、どちらが先に更衣室を使うか。そもそも今使っているのかどうか。その意志疎通が、男女間で全くできていなかった。
と言うか、女子は誰が補習を受けるかも知らなかったので、相談することすらできていなかったのだ。
つまりは、下手をすると鉢合わせになる危険がある。そんな緊張感のもと、自分達三人は、ついに更衣室の前へとたどり着いた。
「さて、今から中に入っていいものかどうか……」
そんなことを言いながら、まずはしばらくの間外で待つ。ここで、ちょうど補習を受ける女子が来てくれたら話は早い。男女どちらが先に使うか、その場で相談すればすむ話なのだから。
だけど、なかなかそんな子は現れない。それなら、自分達男子が先に入って、先に着替えをすませた方がいいかもしれない。自分を含めた三人とも、そんな風に思ってきた。
「中に誰もいないようなら、とりあえず入るか」
「そうだな」
そうして、とりあえず中から物音が聞こえてこないのを確認し、それから数回ノックを行う。
何の反応もない。幸いと言うかなんと言うか、中には誰もいないようだ。
いつもなら、ここまでやって中に入るところなのだが、今回はいつも以上に慎重だ。何しろ使う時間が完全に重なっているのだから、万が一と言う事もあるかもしれない。なんとかして、中には本当に誰もいないのだという確証がほしかった。
するとそこで、たまたまクラスの女子が近くを歩いているのを見つけた彼女は今回の補習とは何の関係もないようだけど、これはチャンスだ。
「ちょっといい? 実はこういう事情で、中に誰もいないか確認してほしいんだけど、いいかな?」
「いいよー」
幸いなことに、彼女は二つ返事でOKしてくれ、更衣室の中を確認。結果は、誰も入ってはいなかった。
その子にお礼を言って、更衣室の中に入る男子三人。あとは、女子が来る前に着替えておけばいい。
だけど、だけどそれが、最大の問題だった。
「着替えるのはいいけど、もしも途中で女子がやってきたら、どうする?」
何度も言っている通り、補習は男女一緒に行われるし、この更衣室だって女子も使う。つまりは、いつ入ってきてもおかしくないということだ。
「ノックされたら、その時入ってるって言えばいい。そしたら、中に入るようなことはしないだろう」
「そうだな。じゃあ、もしもノックなしでいきなりドアを開けてきたら、どうする?」
「それは……」
どうするもこうするも、もしもそんなことになったら、間違いなく一発でアウトになりそうな状況だ。
「いや。でも女子だって、自分達男子が一緒に補習を受けるってことは知ってるだろ。なら、ノックくらいするだろ」
自分達がたった今やったように、入る前に、中に人がいるかを確認する。たったそれだけのことで、そんな事態は避けられるんだ。何も難しいことじゃない。だけど、一人が言う。
「本当に、そう思うか? うちの女子が、ちゃんとノックして、中に男子がいないか確認してから入ってくると、絶妙にそう言いきれるのか?」
そう言われて、考える。今まで見てきた、我が校の女子の行動、言動を頭の中で瞬時にまとめ、直観で判断する。この答えが間違っていたら、これからの学校生活に関わるかもしれない。そう思うと、少しの判断ミスも許されなかった。
そうして直観をフル動員させ、導き出した結論がこれだ。
「多分、ノックもなしにいきなり開けると思う」
これを女子が聞いたら、いったい何と言うだろ。もしかしたら、「ノックくらいするぞ」と怒り出すかもしれない。
だけど自分の知る彼女達は、普通の体育の授業前、男子が教室で着替えている時、パンツ一枚になっていようと平気で入ってくる。休み時間になると、意味なく男子トイレに入ってはそこでお喋りしている。そんな光景を日常的に見てきた自分達にとって、ノックというマナーを100%やってくれると期待するのは難しかった。
なら、いったいどうすればいい。このまま、着替えもせずに意味なく時間を潰すべきなのだろうか。
「よし、見張りを立てよう。女子の気配を感じたら、即座に入っているって伝えるんだ」
始めにそれを言ったのは誰だっただろう。しかしそれを考えていたのは、おそらく三人とも同じだったと思う。
更衣室には、プール側と校庭側の二ヶ所にドアがある。
三人のうち一人ずつが、そのドアにピッタリと張り付き、誰かやって来ないかを警戒する。そしてその間に、残る一人が着替えを済ませる。これが自分達の考えた作戦だった。
「やっぱり、それしかないか」
「よし、それでいこう」
そうと決まれば、早速実行だ。いくら見張りを立てているとは言え、女子が来る前に全て終わらせられたら、それに越したことはない。
「よし、まだ女子が来る気配はない。今のうちに早く」
「脱いだ服は、ちゃんと全部鞄の中に入れるんだぞ。この後、女子がここで着替えるんだからな」
こんな事を言い合いながら、急いで着替えをすませる三人。幸いなことに、女子がやって来たのは全てが終わった後で、何もかもいらない心配だったわけだけど、用心しておいたこと自体は間違っていなかったと思う。
その後、補習は全部で三日間あったが、全てこの見張り作戦を使って、何とか乗り切ることができた。
ただ……ただその間、自分達男子三人は、何度思ったことだろう。
更衣室は、男女で分けよう。
※今回の話、作者が高校生の時に体験した、ほぼ実話です。
学校のプールの更衣室が男女共用だった話 無月兄 @tukuyomimutuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます