追いつかれる怪異
来冬 邦子
追いつかれる
これは私の兄、
当時、兄は小学三年生で、週に二回、進学塾に通っていた。
塾は家から歩いて三十分ほどの場所だったが、途中に大きくカーブした長い坂があった。坂の途中には石段もあって自転車で通うにはつらかったので徒歩で通った。坂道の片側は石垣でもう片側には木立が茂る。あまり日が射さず、昼なお暗いので「
或る日のこと。季節はちょうど
勉強道具を入れた重いリュックを背負って暗闇坂に差し掛かると、下り
こうなったら走るしかない。深雪はかけっこが得意だった。なにしろ運動会の全校リレーで上級生を負かすほどの実力だったのだ。
走り出した深雪は今度こそ追いつけると思った。ところが相手もまた
そのとき、その人が走りながらチラリとこちらを向いて、おびえた顔で叫んだ。
「わあああああああーーー!」
何が何やら分からなかったが、恐くなって深雪も叫んだ。
「わあああああああーーー!」
「わあああああああーーー!」
「わあああああああーーー!」
二人は大声で叫びながら全速力で暗闇坂を駆け下りた。
坂下の通りを歩いていた人たちが驚きの目で二人を見る。すると、その人がだしぬけに足を止めた。ぽっかりと明るい街灯の下だった。
「ねえ、君」
はあ、はあと肩で息をしている。明るいところで見ると、その人は三十歳くらいの日に焼けた逞しい男の人だった。
「君、オバケじゃないよね」
「違います」
深雪もふう、ふうと息を切らして答えた。
「なんで、俺を追いかけてきたの?」
「暗闇坂が恐くて、一緒に歩きたかったんです」
「なんだ、そうかあ」
その人は気の抜けた顔で額の汗をぬぐった。
「ごめんな。勘違いしてすまなかったよ」
「勘違いって?」
「いや、あのな。俺はこう見えて無類の恐がりなんだ」
その人は鼻の頭を赤くしてささやいた。
「子どもにしては足が速いし、オバケかと思ったんだ。ごめんな」
深雪はおかしくなって吹き出した。するとその人も笑い出し、二人はなごやかに別れた。
「オバケに間違われた!」
深雪は、その晩寝る頃になって怒っていた。
< 了 >
追いつかれる怪異 来冬 邦子 @pippiteepa
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