ネコ様と俺とおうち時間

芦原瑞祥

おうち時間

 世界中に例のウイルスが蔓延したせいで、仕事はテレワークになり外出も自粛、半強制的に「おうち時間」を過ごさざるを得なくなった。


 SNSには「おうち時間」の文言と共にオシャレな写真が投稿され、リア充の見本市のようになっている。俺はそれをスクロールしながら毒づく。


「ほんとにみんな、こんな余計なもの一つない、きれいな部屋で生活してるのかよ。空腹を我慢しながら何時間もテールスープ煮込んでるのかよ。超高層パンケーキ作るのかよ。毎朝起き抜けにヨガしてるのかよ」


 わかっているさ。こうして上から目線でツッコミを入れてしまうのは、心のどこかで羨ましいからだ。


 流行りものは一通り経験しろ。けなすことで一段上に行った気になってる頭の固い奴にはなるな。……ってSNSでクリエイターの人が言ってたっけ。


 というわけで、俺はまだまだやわらか頭だぜ! と証明するためにも、オサレな「おうち時間」に挑戦することにした。


 まずはヨガだ。ヨガってヨガって身体もやわらかくしてやるぜ。


 ゴキッ、ピシッ。


 痛てっ、痛ててて! 太ももの筋と背骨が嫌な音を立てたぞ? ぬおお、これ絶対やっちまっただろ。


 床にうつ伏せで這いつくばる俺の前に、御年三歳になるネコ様がやってきた。

 元ノラネコの雑種ちゃんだ。

 寝起きの伸びとばかりに、お手本みたいに美しい「ネコのポーズ」を披露してくれる。そりゃ本物のネコだもんな。

 ネコ様は今日もかわいいなあ。かわいらしすぎて痛さも吹っ飛ぶなあ。


 気を取り直して俺は、朝ご飯代わりにカップケーキを作ることにした。マグカップにタネを入れてレンジでチンすればいいらしい。楽勝だな!


 溶かしバターを作るため、軽くレンジで温めてからボウルに移してネリネリする。うん、いいにおいだ。ネコ様もつられてやってきたぞ。


 あ、ダメダメ、流しに乗るんじゃない。フンフン嗅いでもやらないぞ。やらないってのにしつこいな。あ、こら、シャツをのぼってくるな。


 仕方がないので、ちょっとだけ指先にバターをつけてネコ様に舐めさせる。

 うん、おいしそうだなあ。もっと? しょうがない、あと一口だけだぞ。

 あーもう、かわいい顔して食べるなあ。ピンクの舌して。じゃあ、あと一口。


 なんかバターが足りなくなったな。……お菓子作り、もういいや。仕事もあるし。


 かわりに、カフェオレでも淹れよう。

 ちゃんとドリップコーヒーに温めた牛乳を入れて、と。おお、なんかオシャレだぞ! きちんとした人間になった気がするぞ!

 ああそうだ、ちゃんとお皿に載せたパンも用意して、机で飲もう。


 って、あーー!! ネコ様がカフェオレの入ったマグカップを倒したー!


 書類びちゃびちゃじゃん、今日のオンラインミーティングで使うのに……。

 ネコ様、ちょっとそこに座りなさい。

 あざとい顔してもダメ! 悪い子はおしりペンペンだ。


 ん? 尻尾のつけ根をトントンしろって? あー、はいはい。おしり上げして、嬉しいのかい?


 片付けついでに掃除しよう。おうち時間と言えば美しい部屋だからな。

 しかし俺の部屋には段ボール箱が散乱している。どれも、通販で買ったあとの箱をネコ様が気に入ったため捨てられなくなったものだ。自作の段ボールキャットタワーもある。


 捨てたらネコ様が怒るから捨てられない昔の爪とぎとか、子ネコの頃に愛用していたけりぐるみとか。それらを捨てたとしても、椅子もタンスも爪を研がれてボロボロだし、もう何もかも今さらだな。


 おっと、会議の時間だ。

 ちょうどネコ様も寝てるし、資料もドライヤーで乾かしたし。上だけシャツとジャケット着て、と。


「あ、課長、おつかれさまです。はい、進捗は予定通りですが一点確認したいことがありまして」

「ニャー」


 いつの間にかネコ様が机の上に乗り、俺の顔の前にケツを向けてくる。

 救いは、ケツがこっちということは、パソコンのカメラにはネコ様の正面が写っていることくらいだ。


「こら、ネコ様! 仕事中なんだからあっちに行ってなさい」

 部署のみんなが、画面越しにこっちを見ている。


「おや、ネコチャンかね」

 課長が画面に顔を近づけている。これは公私混同とかいって怒られるパターンか。

「はい、すみません仕事中なのに」

 平身低頭する俺に、課長は淡々としたいつもの口調を崩さず言った。

「飼い主がずっと虚空に話しかけているから、心配しているのだろう。やさしいネコチャンじゃないか」


 課長って、群れないところがネコっぽいと思ってたけど、やっぱりネコ派だったのか。その日はなんだかんだでみんなにネコ様を褒めてもらい、俺はとてもよい気分で仕事を終えた。

 

 糸が飛び出した布張り椅子に座り、ネコ様に刺身を切り分けながら晩ご飯を食べる。俺はなんだか満ち足りた気分だった。


 全然オシャレじゃないけど、写真映えもしないけど、ネコ様がいれば俺のおうち時間は最高のものになるのさ。


 その瞬間、ネコ様が最後のマグロを素早くかっぱらって逃げた。

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ネコ様と俺とおうち時間 芦原瑞祥 @zuishou

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