夕暮れ神社・幼き日の約束〔恋愛〕

楠本恵士

『夕暮れ神社・幼き日の約束』一話完結

 若くして父親の会社を引き継ぎ、大会社の社長になった蘭花らんかは、部屋のドレッサー鏡に映る自分に向かって、タメ息をもらす。

 蘭花は鏡に映る自分を諭すように呟く。

「蘭花、しっかりしろ……子供の時の約束を信じて。あんな約束、遊馬 ゆうまが覚えているはずないぞ大人になれ!」


 蘭花の会社には現在、運転手をやっている。

 幼馴染みの青年がいた、その青年──遊馬とは子供の頃、近くの神社でよく遊んだ。

 回想する蘭花。

(あの時は、何も考えていない無邪気な子供だった……あの約束も他愛ない子供の時の口約束)

 夕暮れに染まった神社──遊び疲れた、子供時代の蘭花と幼馴染みの男の子、遊馬は賽銭箱に駄菓子屋で買い食いして残った。五円玉二枚をそれぞれ賽銭して並んで祈った。

 祈り終えてから遊馬が 蘭花に言った。

「蘭花は、知っている? この『夕暮れ神社』は夕日の中でお参りすると願いが叶うんだって」 

 蘭花が答える。

「知っている、遊馬は何を願ったの?」

「蘭花とケッコンできますようにって、大きくなったらボクと〝ケッコン〟してください」

 子供の蘭花の顔が、夕日の中でさらに赤く染まる。

「あたしも、大きくなったら遊馬のおヨメさんになりたい」

 約束の指切りを終えた遊馬は、持ってきた紙袋の中から、ブリキの小さな菓子缶を取り出して蘭花に見せた。


「大人になったら……この神社のこの場所で欄花に〝ぷろぽーず〟する。

その時、この箱の中に入っているモノを受け取ってくれますか?」

 子供の他愛ない口約束だった。子供の蘭花は小さな声で「はいっ」と答え。

 遊馬は神社の下にもぐって、ブリキ缶を神社の下に隠すともどってきて言った。

「柱の根元に置いてきた……暗くなってきたから帰ろう」


 その日は、それで家に帰り……それから数日後、遊馬は家族の都合で突然遠方に引っ越しして。

 その後、蘭花と遊馬は会うこともなく、別々の時間を過ごした。

 二人が再会したのは二人が成人後、偶然にも蘭花が社長を務める会社に、求職で訪れた遊馬が運転手の面接を受けに来た時だった。

(遊馬? なの?)

 履歴書を見て蘭花はすぐにわかった……同時に遊馬の子供時代以降の経歴も知ることになる。


 引っ越した後の遊馬の両親は離別して、遊馬は大学を中退して職を転々としていた。

 運転手として採用された遊馬は、寡黙な運転手として蘭花を車の後部座席に乗せて走っている。

 車内でパソコンの資料に目を通していた蘭花が呟く。

「業績が前月より下降しているわね」

 小さな町工場だった会社を、父親から引き継ぎ上場の企業にまで数年で発展させたのは、大学で経営学を学んでいた蘭花の手腕だった。


 車窓を眺めていた蘭花 は、幼き日に遊馬と一緒に遊んだ。

 あの神社近くを車が走っているコトに気づき、運転手の遊馬に言った。

「あそこの空き地に車をとめて……外を少し歩きたくなったから」

 空き地に停車した車から降りた蘭花が、運転席の遊馬に言った。

「あなたも、車から降りて……懐かしい場所でしょう」

「でも、社長ご予定が」

 再会した遊馬は一度も 蘭花の名を呼ばない。


 蘭花が強めの口調で言った。

「車から降りなさい、これは社長命令よ」

 少し西日が差し込む、神社の境内を歩く二人。

 蘭花が言った。

「懐かしいわね、よくここで遊んだわね」

「そうですね」

「あの時、神社の下にブリキ缶を隠したわね……缶の中に何を入れたの?」

「…………」


 遊馬は答えない。

 神社の下は、今は子供が入らないように金網が張られていた。

「昔はこんなのは無かったのに……あそこの少し破れている場所から入れそうね」

 破れていた金網の隙間から神社の下に、屈んで入っていく蘭花。

 遊馬が心配そうに声をかける。

「社長! もどってください! 危ないですよ!」

 数分で出てきた蘭花の手には、ホコリまみれのブリキ缶があった。

「クモの巣がすごい、痛っ!」

 神社の下から外に出る時、金網の端で足が傷ついた蘭花から、ブリキ缶を取り上げた遊馬が怒鳴る。


「なにやっているんですか! バイ菌でも入ったらどうします! こんな駄菓子屋で買った玩具の指輪のために、あんなの子供時代の他愛ない口約束でしょう!」

 フタを開けたブリキ缶の中には、大人の指には入らないオモチャの指輪が入っていた。蘭花の目に涙があふれる。


「やっぱり、約束覚えていたんだ……今だけ蘭花って呼び捨てでいいから、遊馬ずっと待っていたよ」

 遊馬は少し涙目で天を仰いでから、蘭花の顔を見て言った。

「蘭花、ボクと結婚してくれますか」

 蘭花は静かに答える。

「はい……喜んで」


 気がつくと二人は夕暮れの神社で抱き合っていた……長いプロポーズが今やっと終わった。


 ~おわり~

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