僕が望みし、このゾンビワールド

木岡(もくおか)

第1話 モブ男

 ある男はこの世から自分以外の人間がいなくなったらどうなるんだろうと考えた。


 大学生の男がどうしようもなく暇な講義を受けている時だった。机に頬杖をついてふと思った。今見えている黒板の前の教授が、目の前の同窓の学生が、突然皆々死んでしまったらどうなるんだろう……。


 男にとってこの想像は幼い頃からしてきたものだった。幼い頃から幾度も幾度も。最初に考えたのは小学生の時のことだ。そんな頃から指の爪を切るくらいの頻度で思い浮かべていた。人間が消え去って崩壊した世界のことを。


 別に人生に退屈していたとか、この社会で生きるのが苦しいとかいうのでもなく……。人が死ぬのを見てみたいとか、孤独でも俺は生きていけるとか言っちゃう痛い中二病みたいなものでもなく……。


 それは、男にとって純粋な興味だった。


 例えば自分の指で銃を作れば本当に弾丸が飛ばせるとして、それを今見える人間全ての頭に撃ち込めば……例えば突然地球に隕石が降り注いで自分以外が全て死んでしまったら……広がる景色はどんな風だろう。自分は何を思うんだろう。


 そんなありえない世界を頭の中に創造して、その世界の人が死んでいく過程や皆が死んだ後の自分を見ているのが好きだった。心臓の鼓動が弱まると共に、なぜだか力が湧いてきた。不思議な感覚だ。


 コミュニケーションを取れるものが己のみになった世界には、残った資源を独り占めして謳歌する自分もいれば、孤独に耐えられず他の人間と同じ所へ行く自分もいる。そんな色んなシチュエーションの全てが男にとって魅力的だった。


 今まで幾通りも考えて来たけれど、未だに崩壊世界への好奇心は全く衰えていない。むしろ増していくばかりだった。きっと誰も体験できないことだから興味は尽きない。答えは誰にも分からない。人間何が入っているか分からない箱があったら誰でも開けてみたくなるものだ。


 けれど、本当にありえないことだから……男はいつも楽しむと共に残念に思っていた。ふとした時に始まる妄想はいつもため息で終わる。


 人類が滅亡するようなことが起こったとしても誰か1人生き残るなんてことは無いだろう。もしも、万が一そんなことがあってもそれは自分じゃない。


 3流というほど位の低い所ではないけれど、何の特徴もないそこそこの大学に通っていて、その学生の中でも目立たない。外見も学力も平々凡々。目立った趣味無し特技無し。


 幼い頃から明確に夢見ている世界があって、それが人には無い珍しいものではあるけれど、それの為に何の努力もしていない。絶対に無理だからと諦めている。そんな人間に神がチャンスを与えるはずがない。選ばれる人間はいつだって99.9%無理でも努力している人間だ。


 自分はただのモブ。そういう自覚が男にはあった……。


 しかしそんなモブにも……神はチャンスを与えた。


 講義室の後方のドアが徐に開いて、そこからゾンビが侵入してきた。

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