第5話 主人公

 おそらくどんな飛行機よりもずっとサイズが大きい。けれど、どれほど大きいか……。


 曇り空と混ざるようにある飛行物体の全身は見えているのに、遠く巨大でサイズ感が掴めない。当然細かい作りも見えるはずが無くて、肉眼で分かるのは色が黒と茶色の間ぐらいだと言うことくらいだった。


 空のまま満たされることが無かった好奇心へ確かに水が注がれ始めた。あの飛行物体はこれからどんなことを人類に見せるのだろう。


 そんな興味と共存するのが、自分の命が脅かされているという恐怖。そんな相反する感情が広志の中で複雑に絡み合っていた――。



「はい、全て事実です。僕にとっても信じられないことですが」


「そんなあほなことがあるか。集団で授業抜け出して何しとるんや君たちは」


「外を見て頂ければすぐに分かります。そこには我々が見たことが無い化け物がいます。僕の状況説明が信じられないのであればご覧になってください」


 広志が2階まで戻ってくると口論するような声色で話している声が聞こえた。見ると、どうやら逃げて来た生徒の1人が、元々農学部3号館で過ごしていた教授に今の状況を話しているらしかった。


 周りには他の農学部3号館にいたのであろう人間もいる。


「まったく。最近の学生は……」


 中年の教授が廊下にある窓の一つを開けると、そこから悲鳴が棟内に入ってきた。そして、教授が窓から顔を出して首を振るとほどなくして何かを見つけたようで、すぐに身を引き窓を閉める。


「何だこの悲鳴は…………ひっ」


「分かって頂けましたか?」


「イタズラじゃないんだなっ?集団で協力してからかってるじゃないんだな?」


「はい」


 教授は叱るような口調でまた説明をした学生に向かっていった。返事を聞くと、ズボンのポケットからスマホを取り出して操作し始める。


「くそっ。警察に言わんと」


 きれいな禿げ頭の教授は電話をかけたようで、耳にスマホを持っていった。しかし……。


「繋がりませんよ。混雑しているみたいで」


 学生のほうが自分もスマホを取り出して見せて、すぐにそれをやめるように促した。


「さっき試したんです。でも繋がりませんでした。どうやら色んなところでこの被害が起きているようです。日本全国、海を渡った外の国でも。ほぼ同時刻から」


「何でそれが分かる?」


「SNSです。検索したら出ました。それを含めてここにいる全員に共有しておいてほしいことなんですけど、原因はおそらく空に浮かぶ宇宙船のような飛行物体らしいです。各地で目撃されているらしく、この街の上空にも見上げるとありました」


 本来ならここまで皆を連れて来た広志がやるべきだったはずの元からいた人への状況説明を落ち着いてしている。さらにはSNSを使っての各地の状況把握、警察への通報。それらを短時間でかつ、まだ周りの人間は茫然としているばかりの中でこなした。


 集まった人間の中心で注目を集める彼はおそらく広志とは別の理由で落ち着いていた。シンプルに頭が良いから。


 同学年同学部で最も頭が良いと評判の早乙女 圭さおとめ けい。広志も友達から聞いて顔と名前を知っていた。

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