第6話 早乙女 圭

 広志の先導で逃げて来た者たちと、元からここにいた者たち。合わせると20人は超えているかという人数が廊下にはいた。男も女も半々くらいの割合でいるらしくて、年代は若い学生が多いがもっと年を食っている大人もいる。


 かなり人数はいる。たぶんここにいないだけで他に農学部3号館にいた人もまだ。これがこの混乱の中で最初に行動を共にしなければならない人達か……。広志は泣きじゃくる女子を見ながら思った。その女子以外も絶望を顔に浮かべている。


「そこの君。さっきはありがとう」


 そんな人達の中で平然としていて目立っている男、早乙女は広志に気づくと歩み寄ってきた。


 そして握手を求めるように手を差し出してくる。自然と受けた広志の右手を細く冷たい指が包んだ。


 この男、早乙女 圭は我が農学部で一番有名な男子だった。人から聞いた話では成績が断トツで一番良いらしい。頭が良いだけでなくスマートなルックスで背も高めの早乙女は何もしていなくても目立って、当然女子からも人気が高い。


 それでいて性格も良いと評判の彼の周りにはいつも人が集まっていた。男子や講師達からも支持がある。


 モブ生活を送ってきた広志は同じ学部ながら一度も話したことが無い相手だった。


「君のおかげでここまで逃げてこられたよ。あれが入ってきたとき頭が真っ白になった。君が指示してくれなかったら今頃僕はどこを逃げ回っていたか……凄いね、君」


「あ、いや。僕も何が何だか……」


 早乙女は場違いに日常を思わせる口調だった。普通の日に普通に出会って、友達になろうとするように。そんな彼は話すと同時に自然と階段のほうに戻るよう促してきた。


「ちょっと2人で話そう……」


 そして、小声でそういった――。


 導かれるまま早乙女について階段を上る。その間は2人の間に言葉はなかった。


「さっきも言ったけど、まずはありがとう。助かったよ」


 4階までまた上ると、すぐに早乙女は口を開いた。背が高い早乙女からは少し見下ろされる形で、2人だけの会話が始まる。


「2人だけで話したかったんだ。いきなりで悪いんだけど、まず何であの非常事態であんなに的確な指示ができたの?」


「それは、えっと……」


「いや、いいか。今はそんな話は。ゆっくり話している場合じゃない……これからどうする?」


 それは必要火急で話し合って決めるべき議題だった。とりあえず一時的に安全は確保できたけれど次は何をするべきか。また移動するのか、留まるのか。留まっていてもいつ安全が崩されるか分からない


「君がどう考えているのか教えてほしい。君はここに皆を誘導してくれたけど、その先のことはもう頭にあるのかい?」


「うーん……まあ。いや、どうだろうか」


「空の未確認飛行物体は知ってる?さっき下で僕が話してたのは聞いてた?」


 早乙女は言いながら歩き出して、つい先ほどの広志と同じ位置から外を見た。


「空の奴は知ってる」


「じゃあ、それについての見解は?」


「まあ、おそらく宇宙からの侵略者的な奴としか……凄い話だけど、そうとしか思えないかな」


「そっか。まあ現状それとしか考えられないよね。僕も同じ意見だ。ごめんね、質問ばかりで」


 早乙女はそこまで言うと、謎の飛行物体のほうを見て目を細めた。そして、隣の広志に音が聞こえるほど喉を鳴らして唾を呑む。


「じゃあさ……あれが人類を地球の資源を狙ってるとかで人類を滅亡させようとしている異星人なら……もし、そうなら……詰んでるよね。もう、僕たちは……」


「……そうだね」


 その通りだと思った。もう人類滅亡へのカウントダウンは始まっている。実感は湧かないけれどたぶん……。


 敵はもうこちらへの攻撃を高いレベルで成功させている。ある程度の規模の動く死体を発生させた時点で人類は皆恐怖する、絶望する。生きていても自分の身を守るので精一杯だ。


 そんな状態でこんなウイルスを作れて宇宙を渡れるといった技術レベルを持つ相手とどうやったら戦えようか。勝ち負けという概念もなく蹂躙される。ただ、為すすべもなく殺されるしかない。


 今も時間が進むごとに外では人が死んでいっている。


「君は話さなくても分かっていると思うけど、ウイルスの性能によっては僕らだっていつゾンビになってもおかしくないし、正面からやり合ったって現状の地球人じゃあの宇宙人には勝てない……」


「うん……」


「だから、これを考えるのはやめよう。どんだけ考えたって詰んでることを考えたって無駄だ。だから、今できることを行動に移そう」


 早乙女は心を重くするような話の中、不意に目を強く開き口角を上げて、広志を真っ直ぐに見た。


「これから2人で外へ食料を取りに行こう」

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