第7話 落ち着き

 何を言い出すかと思えば、正気かこの男……。


「早いほうがいい。今すぐここから出て食堂に行こう」


 早乙女から持ち出されたのは何の話し合いでもなく、一方的で突然の提案だった。しかも、危険が伴うであろういかれた提案。


「今この状況で外に出るの?外ではゾンビが増えていって、僕らは身を守る道具もないのに」


「だからこそ今なんじゃないか。ゾンビが増えきってない混乱の中だからこそ動きやすい」


「……そうかもしれないけど」


 確かに間違ったことは言っていない。だけど何だ。この男の異常なまでの勇気と行動力は。つい先ほどの恐怖へ飛び込むことをなんとも思っていないのか。


「それにとにかく早いほうがいい。このコミュニティで主導権を握るには、先手を打つべきだ」


「え」


「僕たちはさっき言った通り、宇宙人が地球を乗っ取ろうとしているなら詰んでいる。だったら、宇宙人の狙いが侵略じゃないことを祈るしかない。娯楽か、間違いか。何にせよただウイルスをばら撒いただけなら、僕たちはこれからこのゾンビワールドでしばらく生きていかなければならない。そうだろ?」


「うん……」


「長く生きていくためには皆をまとめるリーダーが必要不可欠だ。それには僕らがなるべき。理由は緊急事態におけるこれまでの行動。これ以上ダラダラ説明している時間はない。その為に分かりやすくコミュニティに貢献できる食料を取ってくるんだ」


「うん……」


 広志は押され気味で、流暢に語られる早乙女の言葉を聞いた。


「これが今、一番合理的な行動だと思う。僕は君を信頼しているんだ。君といれば今後生存率が上がると思う。付いてきてくれるか?」


「ああ。分かった。行こう」


 なんだか知らないけれど人気者が自分を高く評価して認めてくれている。そのことで調子づいてしまっていた。


 別に悪い事じゃない。早乙女の言っていることは正しかったから。ただ、思考が一般人とかけ離れて優れていることには動揺している。先の見えない混乱の中、次に備えて早急に食料を取ってくるなんて……。


 そうと決まれば、話している時から急いでいる様子だった早乙女はすぐに行動を始めた。早足で階段を下りる。


 広志はそれについて行った。途中の2階では、まだ絶望している人たちがそこにいた。早乙女と広志が既に次を考えて行動しようとしているのとは対照に、心から怯えている。


 外からの遠い悲鳴に耳を塞いで、窓の向こうの景色に目を逸らす。現実だとも信じ切れていないんじゃないかと思う。ただずっと立ち尽くしている人も中にはいた。


 広志は落ち着いていた。鍵を閉じたドアを開けた時も、正常な呼吸と鼓動が広志の体にはあって、リラックスして足をふみだすことができた。


 それが広志にとって今日最大のミスになった。

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