第3話 望んでいた世界

 今まで何度も妄想してきたことの一つだから……何も考えずとも……本能に突き動かされるように行動できた……。


 まるで別の誰かの体を操作しているみたいな感覚。そうすべきだと思ったことを自分の感情を考慮せずに……映画やドラマの役を演じているような……。


「逃げましょう!」


 広志が同じ講義室で講義を受けていた全員に呼び掛ける。1番に声を出して、先頭に立ってドアのほうへ誘導した。


「奥の校舎へ!とにかく安全の確保を!」


 ドアを全開にすると、広志は全員が部屋を出るまで出口の横に立ったまま呼びかけ続けた。室内にいた人間は何も言わず素直に広志の言うことを聞いた。皆何が何やら分からないといった挙動だった。


 全員が部屋を出たのを確認すると、広志も最後尾で講義を受けていた部屋から出る。その時、確認した室内では広志が頭を椅子で殴った女が立ち上がり、2階だったその部屋の窓からは構内に別のゾンビが侵入してきている様子が見えた。


 紛れもない非常事態。だけど、広志はそれを目にした時に目が輝いた――。


「このまま真っ直ぐ走ってください!」


 広志は後方から逃げる学生の列に呼び掛ける。目指すは敷地内の奥側。広志の通う大学の裏門側は人通りが少なかったからだ。ゾンビがどれだけ発生しているのか分からないが、入ってくるとしたらほとんど正門からのはず。咄嗟にその判断をして、渡り廊下を走り抜け、いったん外へ出た。


 外へ出ると、悲鳴があちらこちらから聞こえてきた。


 どれも女の悲鳴だった。高すぎて声に違いが無い。誰かに助けを求めるような。


 けれど、広志はそれをすべて無視した。


 謀ったかのように重い曇り空が天を埋める日に、広志は自分の判断に従い、とにかく見えている人間の命を最優先で行動した。状況を飲み込むとか他の人間よりもまず先に。それだけを考えた。


 外へ出た後は広志が先頭に出て、先導した。広志には明確な目的地があった。そこへ向かって。途中勝手に集団から離れて逃げる者も数名いたが、それも無視した。


 その結果、難なくそこへは辿り着いた。正門からはかなり離れていて裏門からも遠い、農学部3号館。この大学の農学部に通う広志にとってはホームグラウンドだった。


「1階の入り口は全部閉めましょう。動ける人は手伝ってください」


 広志はまた呼びかけ、言葉通りに行動した。1階にあるドアはもちろん、窓にも鍵をかけていった。


 男子数名と協力して1階の全ての出入り口に鍵をかけた後は防火扉も閉めて2階に上った。


 そこまでやって、広志と一緒に逃げて来た一行はやっと一旦落ち着けた。階段を上り切ってすぐ息を乱しながら倒れ込む者。ただ自分を抱きしめて震える者。共通していたのは皆何も言えなくなっていた。


 広志はそんな集団をすり抜けて、一足先にさらに階段を上って3階へ……そして最上階の4階へ足を運んだ。


 少しでも早く見たかった景色。その高所から見下ろした大学の構内には広志が望んでいた世界があった。

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