桜の花の咲く季節に

 高校の三年間が一瞬に感じられたのは、それが変化の乏しい時間だったからだ。

 朝起きて斎藤と一緒に電車に乗って学校へ行き、別々のクラスで授業を受け、斎藤と一緒に電車で帰る。

 中学の頃とは違うことを学び、違う友達付き合いができた。

 斎藤は三年間で何人かと付き合い、何人かと別れ、今はフリー。そして今日は卒業式、どうせまた誰かに告白されて付き合い、そして別れる。既定路線。


「ひどい。私が誰とも長続きしないみたいじゃん」


 斎藤は不平を述べた。


「実際そうでしょ。理由だってわかってるくせに」


「さっぱりわからん。どうしてさ」


 斎藤はとぼけて見せた。


 高校の卒業式は淡白だった。クラスメイトと同じように涙し、三年間が綺麗に洗い流されたかのように消えた。充実した、中学と比較にならないほどの青春が。


 中学の卒業式では泣かなかった。

 青春とは程遠い。中村や斎藤に庇護され、君を遠くから観察し、友達の少ない帰宅部。

 失うものなどなにもないはずだった。なのに私は、涙でそこにあるなにかが流れてしまうのを拒んだのだ。


「あいつと比べてるからだよ。中学の卒業式、忘れたの?」


 私の言葉に斎藤は頬を赤く染め、子供のように泣きそうな顔をした。



 私がその日を忘れないのは、中村と斎藤のせいだ。


「ねえ、ちょっと一緒に付いてきて」


 校門の前でクラスメイトが写真を撮るなか、斎藤が唐突に私の腕をつかんだ。


「ちょっと。どうしたの」


「いいから。あたしひとりじゃ無理だから」


 斎藤の目には涙がたまっていた。

 花粉症も盛り、スギが過ぎればすぐにヒノキ。彼女がセーターの裾で乱暴に目元を擦ると、胸元につけた花が落ちた。


「ねえ、どこ行くの?」


 私の質問に答えず、斎藤はぐいぐいと階段をのぼる。

 屋上。

 鍵閉まってるでしょ、と私が言う前に、扉が開く。


「鍵は? 勝手に入っ——」


「黙って!」


 バン、と屋上の扉を開くと、霞んだ空が一面に広がり、花粉か黄砂か、街全体が嘘みたいに茫漠としていた。


「中村。待たせた!」


「おう。で、用事ってなに」


 瞬間、心臓を鷲掴みにされるとはこのことか、と私は思った。なにかが終わる、激しい予感。


「あたし、中村のことが好きだ。ずっと好きだった。ずっとずっと……」


 知っていた。斎藤は言わないまま終わるのだと思っていた。

 花粉が猛威を奮っていた。斎藤の目は赤く充血し、涙がとまらない。私も横で、泣きそうになった。


「おう、そっか。ありがとう」


「……うん」


 斎藤は頷くと、俯いたまま振り返り、走って階段をおりた。


 ありがとう……他に言葉はなかったのか、どういう意味だ。

 胸の内に湧き立つ怒りをおさえきれず、力のこもった足取りが屋上に立つ彼の元へ自然と向かった。

 私は彼の胸ぐらを掴み、第二ボタンを引きちぎった。


「ふざけんなよ! 馬鹿にすんな! ありがとうって、なんだ!」


 訳がわからなかった。きっとそれは中村も同じ。


「おわっ、ちょっ、お前」


 中村を蹴り倒し、第二ボタンを霞んだ空に投げた。


 大丈夫。これで中村は誰のものにもならない。ならないから、涙が出るのを花粉症のせいになんかするなよな、斎藤。



 なんて、ホント馬鹿なことをした。中村が悪いのでも、斎藤が悪いのでもないのに。


「忘れるわけないじゃん。あんたの遠投、なかなかのものだったよ」


「げっ、見てたの」


「見てたよ。それに、あんたも人のこと言えんべ。ちゃんと伝えたあたしの方が、いくらかまし」


「それなー」


 と、駅からの帰り道を歩く私たちの目の前に、見覚えのある背中があった。彼を見かけたのは一度や二度ではない。

 私は斎藤の背中をバシンと叩いた。


「行ってこい。三年前にやり残したこと、やってこいー」


 斎藤はまた、子供みたいな泣きそうな顔で、今度は笑った。


「おっけー。行ってくる。だからあんたも、な」


 斎藤は美人だ。頭も良い。実は優しい。嫉妬する。中村にはもったいない。けど、斎藤にとっては中村しかいない。


 彼女を見送った。

 私は、もう桜が咲いているはずの三丁目の公園へと足を向けた。

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どうでもいい君とどうでもいい私のどうでもよくない物語 testtest @testtest

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