第9話 別れ
山崎さんの葬儀は、それから三日後に行われた。
喪主はお兄さん。
私たちの仕事では、普段葬儀に顔を出すことはない。
行くとしても、社長が代表して参列するくらいだ。
だけど。
今回だけは行きたくて、社長にお願いをした。
「そんなに思い入れがあったのか」
「はい。わがまま言ってすみません」
「じゃあ、俺の代わりに、事業所の代表として行ってくれ」
「はい」
そんなやりとりを経て、私は葬儀に参列している。
参列者は十数人、といったところ。
割と寂しい限りの葬儀だった。
お兄さんに軽くご挨拶。
名刺を渡して、事業所を代表して伺ったことをお話する。
すると。
「弟のケアマネさん、というのはあなたですか?」
「あ、はい。私ですが」
すると、お兄さんは、家族席に置いてある紙袋を手に取った。
「弟がケアマネさんにこれを渡してほしいと」
そこには。
病院で使われていたゲーミングノートPC。
「え? どういう……」
「弟が、ケアマネさんに渡してほしいと」
「え? そんなに安い物じゃ……」
「弟の最後の言葉です。私としては、それをかなえてやりたいだけなのですよ」
お兄さんは、悲しみと笑みの混ざった顔でそう言った。
「わが弟ながら、よくわからないヤツでした。だけど、その弟が最後に言った言葉なのです。かなえてやりたいのです」
「わかりました」
私はそれを受け取った。
そして、焼香し、棺を見送った。
お顔は安らかだった。
天国でゲーム楽しんでくれればいいなあ。
自宅でパソコンを取り出してみると、一枚の手紙が入っていた。
手書きの、少し崩れた文字の。
ふむ。山崎さん、手紙だと自称は私なんだね。
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こんばんは。
それともこんにちは、だろうか。
これをあなたが読んでいるということは、私はすでにこの世にいないということだろうと思います。
そのうえで、あなたにお願いしたいことがあります。とても勝手なお願いだとは承知の上で。
私は、チームの仲間に何も言えませんでした。70近い年寄りだということも、がんに侵されて、もう、それほど長く生きられないことも。
エンドコンテンツはチームやフレンドなんだと言いつつ、私には、それを話す勇気がなかったのが現実です。
だから、私のキャラを操作して、チームルームへ行って、私がもういないことを伝えてもらいたいのです。
わがままなお願いだということはわかっています。
だけど、勇気がなかったことを後悔した今になって、ゲームを起動してコントローラーを動かすことすらできないのが現状です。
この手紙を書くのが精いっぱいなのです。
私がお願いできるのはあなたしかいません。
同じアークスとしてお願いしたい。
こんな嫌なことをお願いする以上、見返りは必要だと思います。
年寄りの使い古しでよければ、このPCを使ってほしい。NGSでも十分に使える程度のスペックがあります。これを自由に使ってくれないだろうか。
入院のしばらく前にあわてて買ったものなので、残念ながら手垢がつくほど使うこともできなかった。だから、かなり綺麗なものだと思う。
IDとPASSを一応書いておきます。
だけど、おそらくはランチャーを起動すれば、そのままログインできるはずです。
コントローラーは、PS4用を使っているから、あまり違和感なく使えると思う。
山崎孝則
ID:*********
PASS:***********
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私はパソコンのディスプレイを開いた。
テープで、IDとPASSの書いた紙が貼ってある。
とりあえず、電源を入れ、ログオンしてみる。
チームの人間に別れを告げる……。
そんな重たいこと、お願いされてもなあ……。
デスクトップにいくつかのファイル。
PSO2だけでなく、いくつかのオンラインゲームのランチャーのアイコンが見える。
私はPSO2のアイコンをダブルクリックする。
見慣れた起動画面がそこに。
ログイン。
そしてキャラ選択画面。
見慣れたキャラがそこにいた。
「ゆみみ……さん!」
ピンクのマガマガツインテにクラシックメイドドレス。そして眼鏡。
間違いなく、ゆみみさんだ。
どうして、ここに……。
いや、理由は一つしかない。
山崎さんって、ゆみみさんだったんだ。
βテストのときとかは出張って言ってたじゃん。
そうか、言えなかったのは、私たちにか。
途端に、メイド集会やクエストの思い出が噴き出してきた。
涙がこぼれた。
ひとしきり泣いて、私は心を決めた。
私はゆみみさんとしてログインした。
あえて挨拶はしない。
見慣れたゲームの世界をゆみみさんとして歩く。
パグさん、チムマスはどこにいるだろう。
フレンドリストを見ると、チームルームにいた。
私はゆみみさんをチームルームへと向かわせる。
パグさんは一人でそこにいた。
「チームマスターさんですか?」
私はりぼんではなく、山崎さんのケアマネとして、パグさんに話しかけた。
「ん?」
「私はゆみみさんではありません。彼のケアマネをしていました」
「え?」
「ゆみみさんに頼まれて、彼のキャラクターを操作しています」
「どういうことです?」
「ゆみみさんはお亡くなりになられました。68歳でした」
「68歳?」
「はい。最後は、ログインする体力もなく。私が皆さんに伝えてほしい、と頼まれまして、本日こうしてお伺いしました」
「亡くなったのは?」
「三日前です。βテストの初日」
「そうですか」
「ころねの諸君!」
トゲ付きのチームチャットが飛んだ。
「今、連絡がありました。ゆみみさんがお亡くなりになったそうです」
「!」
「え?」
「?????」
「冗談とかではなく。実は68歳のお年寄りだったそうです」
「死因は?」
ここだけ白チャ。
「がんです」
「がんでお亡くなりになったそうです。我々が、お葬式とかお通夜とかできるわけではないですが」
「今、この一瞬だけ、ゆみみさんのために祈ってあげてください」
「りょ」
「はい」
「了解」
「祈ったら、また遊びましょう。私たちが暗くなってて、喜ぶような人ではありません。だから、一瞬だけお祈りして」
「あとは、みnあであそびましょう」
乱れたタイピングが悲しみを物語っていた。
家族を失った悲しみを。
私は「礼2」のロビアクで頭を下げた。
メイド衣装ばかり着ていた、ゆみみさんの定番ロビアク。
そして、そのままログアウトした。
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