第9話 In search of new encounters ――新たな出会いを求めて
所属していた一党から放逐された者、何らかの理由で一党が解散した者、初めから単独で冒険している者など、あぶれた冒険者というのは結構いるものだ。
一時増員の助っ人を生業にしている者なんてのも居たりする。
人はいる。問題は目的に合った人材がいるかどうか。
職種や階級、戒律、人種に性別、注意するべき点はいくつもある。が、何より重要なのは気が合うかどうか。それに尽きる。
一見バカバカしい意見だと思われるだろうが、これが意外と真理なのだ。
死と隣り合わせの探索冒険、目的は何であれ長い時間行動を共にすることになる仲間。
どうせ一緒に居るのなら、気の置けない相手の方がいいに決まっている。
一党に招く側も招かれる側も、互いの価値観の妥協点を探りすり合わせながら『気の合う』関係を作り上げていかなければならない。
上手く行けば良し。しくじれば、
故に一党の中途増員は、容易く且つ困難と言われる。
§
翌日、再び『巨人と洞窟亭』に赴いた一党。朝食をとりながら合議中だ。
「問題はさ、人がいるか、どうか、だよね?」
薄切りの黒パンに塩漬けキャベツを挿んだものを頬張ってから、
「鑑定職なんて駆け出しでも引く手あまた。ですものねぇ……」
トマトソースのかかったスクランブルエッグを、
「前衛は……贅沢言わなきゃ何とかなる、のかな?」
一党増員の言い出しっぺで
「そう……ですね。質を考えなければ前衛職はフリーの方も多いですし……」
香草茶をひと口してから返したのは、
罠感知や鍵開けなど特殊な技能を必要とする斥候・
しかし、それとて絶対的なものでは無いことは、食うや食わずで貧相な体格だったシューでも就けたことが物語っている。
「じゃ、それを踏まえての条件は……」
「
バニラの言葉を継ぎ、条件を挙げていったパイがいったん止め、尋ねるように皆を見回す。
「――アタシはどっちでもいいよ~」
「えぇっとぉ、出来れば女性の方が……」
「……みんながいい方で」
返ってくる三者三様な答え。決定権はパイに委ねられ、
「わたくしは同性がいいと思います」
彼女は即答した。
「女四人のところへ男性が加わるとなると、お互いに冒険以外のところで気を使わないといけなくなるでしょう」
その言葉になにか思い浮かんだのか、パイ以外が難しげな顔になり、周りに聞こえぬよう声をひそめて話しだす。
押し殺した小声で交わされるのは冒険中の用足しとか月のモノがどうだとか。
なるほど、男には知られたく無さげな内容だ。
「……それに正直申しまして、わたくしが耐えられなくなるかもしれませんし」
ぼそぼそとやり取りしていた仲間たちに、苦笑しつつパイが告げる。
その言葉に冒険初期のことを思い出したシューは、羞恥と困惑の混ざった表情を浮かべバニラは赤面する。
痴情と肉欲を司る女神グラマナに仕えるパイは、奇跡の行使をするたびに欲情し、メンバーに迷惑をかけていたのである。
階位の上がった現在はそれなりに自制できるようになっているが、男性が傍にいる状況でも抑えられるのかはわからないと暗に告げているのだ。
「あ~、そりゃ面倒だわ。うん、女にしよ女」
手で何かを払うような仕草を取り、辟易した顔をして言うサブレ。
「――では、女性で。前衛は職種を問わず、後衛は鑑定職・
サブレの言葉に苦笑いのままうなづいてパイが最終案を告げ、もう一度皆を見回す。
見つめ返す眼差しにこもるのは同意。
「次は、どうやって見つけるか? ですね~」
炒り卵を薄切りパンに載せながらバニラが言えば、
「手っ取り早いのは訓練所じゃない? 教官殿に頼めばめぼしいの、教えてくれるかもよ?」
すでに自分の分を平らげたサブレがもっともな意見を述べる。
冒険者訓練所。
文字通り冒険者登録を申請した者たちを、およそ三十日ほどかけて各職種の最低ラインまで鍛え上げてくれる官営の施設だ。
創設初期は軍人が教官を務めていたが、現在は引退した元・冒険者などが請け負っている。
大半が
冒険者登録は住民権を得ることでもあるため、住民として恥ずかしくないよう最低限の教養も教え込まれる。
地元語・共通語の読み書きを学ぶことが出来るため、識字率の低い層にありがたがられていたり。
また訓練期間中の寝床と食事を提供してもらえることも、ひそかに人気だ。
ちなみに貧困層だったシューは訓練所で読み書きを教わり、食べさせてもらって戦士に必要な体力をつけることが出来た。
「斡旋所に募集の張り紙するのは……どうかなぁ?」
と、これはシュー。
斡旋所とは、言葉通り冒険者に仕事を宛がってくれるところで、官と民が共同で運営している。
一攫千金が望めるがその分危険も大きい迷宮探索より、実入りは少なくなるが危険度も低くなる雑役を選ぶ冒険者も多いのだ。
仕事は様々なものがあるので一党ではなく単独で請け負う者もいる。そういった者たちを呼び込めればというのがシューの算段だ。
「前衛の人は、それで、何とか、なるかも、知れませんけど、鑑定職、は……」
難しそうですよ~って顔と声音でバニラ。
咀嚼する口の周りに炒り卵の粒がついている。食べながら喋るとはお行儀が悪い。
バニラの言葉に口を閉じ唸るシューと、既に匙を投げた風のサブレ。そこへ、
「――鑑定職の方は、わたくしに任せていただけませんか?」
パイの一言。
「心当たりがあるんですか?」
驚きつつもバニラが問うと、
「はい。少し前コンベラ様の神殿に、若い流れの女性司教が滞在していると耳にしたことがありまして……」
この世界には多くの神々が存在し、その数だけ宗派がある。
信仰の対象や教義は違えど『神を敬う』という共通項があるためか、宗派間の交流は盛んで関係はかなり友好的と言ってよい。
痴情と肉欲を司る女神グラマナに仕えるパイが、狩猟と採集の神コンベラ神殿の些事を知りえるのはそのためだ。
「旅の途中で立ち寄っただけの方らしいので、加入してもらえるかどうかは怪しいところですが……」
少し申し訳なさそうに言うパイに、
「説得すんのは神官の専門分野でしょ? やっちゃえやっちゃえ」
気楽に鼓舞するサブレである。
「訓練所と斡旋所はアタシとバニラで回るからさ、そっちの方はパイとシューに任せるわ」
そして、行動の指針を示すのも、またサブレなのだ。
「なら、善は急げ、ですね」
既に卓から離れたサブレに、バニラがあとに続くように席を立つ。
「お任せしますね、パイさん、シューさん」
「頼んだよ~リーダー」
店の出口に向かいながら、思い思いの言葉をかけるふたり。
「……え? あ、……う、うん」
「――ではシューさん」
かけられた声へと顔を向ければ、共同財布から朝食代をテーブルに置いて立ち上がるパイと目が合う。
「わたくしたちも、参りましょうか?」
微笑んで告げられた言葉に、ようやく状況に気持ちが追いつき、
「――うん、行こう」
力強く答え、席を立つシューだった。
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