彼女たちの冒険ライフ

シンカー・ワン

第一章 Their first experience ――彼女たちの初体験

第1話 Welcome to the dungeon ――地下迷宮へようこそ

 

 都市まちからそう離れていない森の一角にある切り立った崖。

 崖そのものは高くもないが、麓にはぽっかりと空いた大穴がひとつ。

 天然の洞窟なのだが水平移動用の滑車が付いた鉄格子で門が作られていて、洞窟の両脇には武装した兵士が立ち、目を光らせている。

 洞窟の近くには簡素な小屋が建ててあり、そこでは武装を解きくつろぐ数人の兵士――交代要員であろう――の姿が見て取れた。

 わざわざ兵を常駐させる必要がある洞窟。

 ここは財宝の湧くへの入り口なのである。

 

 陽がそろそろ頂点に差し掛かろうとしていたころ、洞窟へと近づく一党パーティがあった。

 先頭は、遊びにでも行くかのように軽やかな足取りの子供。いや小人族パルヴスだ。

 続くのは、くたびれた革の胸当てを着け、槍をたずさえた人族の戦士。

 先を行くふたりを微笑ましく見つめる、こちらも人族。胸元に揺れる聖印から神官だろう。

 一番後ろを緊張した面持ちでついてくるのは、杖を手にした魔法使い。人族である。

 何れも若く、初々しさが見える。とてもわかり易い、成り立て冒険者の一党。


 先達たちのありがたい経験則教えによると、迷宮の探索には一組六人が最適だと言われる。

 限定された空間において多過ぎる人数は行動の妨げでしかなく、単独行など英雄でもなくば論外。

 構成員を管理・把握できる最良数が、六人なのだとか。

 それを鑑みれば、この若い一党の多からず少なからずの四人という編成は、まずまず合格と言えた。


「止まれ。許可証を」

 洞窟前へとやって来た一党に、入り口脇に立つ兵士ふたりのうち、年かさの方が先頭の小人族の前に立ち声をかける。

「これでいいかな?」

 小人族はそう言うと、首から細い皮ひもでぶら下げていた二枚組の小片タグを、兵士へと見せた。

 薄い金属板に名や性別に職業が刻み込まれている、冒険者としての身分を示す登録証だ。

初心者ビギナーか?」

 タグを一瞥した兵士は "お前たちもか?" と言うように後続を見やる。

 向けられた視線に戦士は強張った笑みを浮かべ、神官は柔らかく微笑み返し、魔法使いは頷きを繰り返す。

 三者三様な対応に兵士は、疲れたような溜息を吐き、

「……無理はしないで、余裕のあるうちに上がってくることだ」

 そんな忠告めいた言葉をかけ、一党の前からしりぞいた。

 意気揚々と進み始める小人族に引っ張られるように、一党が洞窟へ繰り出すと、

「気をつけてな、

 片側に立つ、若い兵士が気安げに声をかけてくる。

 最後尾の魔法使いが引きつった愛想笑いで答え、一党は洞窟の中に消えた。


「……生きて帰って来ますかねぇ?」

 若い兵士が先ほどとは違う、乾いた声で口にすると、

「実力と、運しだいだな。――どちらにしても、俺たちには関係ない」

 検閲した年かさの兵も、感情を乗せずに返す。

 若い兵士は何か言いたげにするが、軽く首を横に振り、

「――そっすね」

 そうこぼしてから、姿勢を正して己の任務に戻る。

 年かさの兵はそれを横目に見てから、自分も姿勢を正した。

 天然洞窟から続く地下迷宮ダンジョン

 そこでがどうなろうと、彼らの知るところではない。

 彼ら軍人の任務は、許可無き者の洞窟への侵入防止と、地下から這い出てこようとするバケモノどもの阻止。

 ある意味国の宝物庫とも言える迷宮と、民を守ることにあるのだから。

 ――無頼で流浪の冒険者は、守るべき対象に含まれてはいない。


 洞窟に入った一党は、入り口からの光が心もとなくなる辺りで天然の物ではない造られた扉に突き当たる。

 簡素な彫刻の成された石の扉の前で立ち止まる一党。顔を見合わせ、なにかを確認するように視線を交わしあう人族の三人。

「ねーねー、さっさと入ろうよー」

 対して、小人族の少女は逸る気持ちを隠さない。

「せ、急かすなって。ほら、なんだ、そ、装備なんかの確認を……」

 うまく回らない口で諭すように言う戦士だが、

「えー、そんなことしてたら、陽が暮れちゃうぜ~」  

「……洞窟の中では陽が落ちてもわかりませんけどね」

 唇を尖らせて返す小人族に、神官が愉し気にぼそり。そんなやり取りを引きつった笑みで眺める魔法使い。


 冒険者となるための訓練所を出て登録を済ませた後、知り合った四人。年齢も近い初心者同士、編成的にも合う。

 ということで何となく一党に。

 組んでから時間もそれほど経っていない、互いをまだよく知らないままでの初冒険。

 国が管理する迷宮。都市の近くだし、浅い階層なら危険もそれほどでもないと聞く。

 一党パーティとしての腕試しにはちょうどいいだろうとやって来て、現状に至る。

 

「えっと、ぼ、冒険者ツールは……」

「あ、はい。わたしが持っています」

 ワタワタした戦士の言葉に、魔法使いが腰帯に固定した雑嚢に手を当てて答えると、

「薬や包帯のたぐいは、わたくしが」

 一党内では年長と思える神官が、やんわりと告げる。

 年齢からか、あるいは職業ゆえか、先のふたりより彼女には落ち着きがあった。 

 そんなやり取りを余所に、石の扉の罠や施錠の有無を調べ終えた小人族の少女が、

「ねー、もういいかなぁ?」

 待ちくたびれたと言わんばかりに口にする。

「あー、ちょっ、ちょっとだけ」

 急かされた戦士がそう言って、深呼吸しながら軽く身体を動かす。

 腕を伸ばし、上半身をひねり、屈伸してから足首を回す。それから両手のひらで顔をパンッと叩き気合を入れる。

「――よしっ。いいよ、行こう」

 未だ惑いは消えぬけど、冒険に挑むという覚悟が瞳に映る。

 戦士の宣言に、にんまりと口元をゆがめる小人族。神官は柔らかく微笑み、魔法使いも杖を握り直す。

 自然と輪になった四人は、互いに目をやり頷きあう。

 小人族が石の扉に手をかけ、高らかに言った。

「それじゃ、アタシたちの冒険の始まりだぁ!」

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