第6話 Reward and growth ――報酬と成長 

 

「そんじゃ、ここからはアタシの仕事だね」

 サブレが実に生き生きとした顔をして宣言する。

 彼女の視線の先にあるのは、人ひとりが入れるほど大きな長櫃ながびつ

 いわゆる、宝箱である。

「コボルドどもから小遣い程度は拾えたけど、本命はこれだよね~」

 いつの間にコボルドの死骸を漁ったのか? ボトムスのポケットを叩いて、チャリチャリと音をさせるサブレ。

「どんな仕掛けがあるかわかんないから、みんなは離れててねー」

 宝箱の前に陣取り、振り返りもせずに言い捨てる。が、仲間たちが離れていく気配はない。

一党パーティは一蓮托生、だよね?」

 シューが照れたように言い、パイやバニラは微笑んでいた。

「……どうなっても知らないからね」

 一度振り返り、呆れたような顔をしてそう言い、再び宝箱に対峙するサブレ。

 心持ち口元が緩んでいたのは罠を破ることへの喜びか? それとも皆の気持ちに対してか? 

 腰に下げていたポーチから、各種ツールを取り出し店を開くサブレ。

 素人目には、どういう用途に使うのかよくわからないものが並んでいる。

「えっと、明かり、あった方がいいですか?」

 邪魔しては悪いと思いつつ、恐る恐る尋ねるバニラへと、

「ん、あると助かる」

 即答するサブレ。

「――ちょっと待ってくださいね」

 請われたのが嬉しいのか、弾んだ声音で返事をするバニラ。

 雑嚢ざつのうに収めてある冒険者ツールから松明を取り出し、火を点け明かりを灯す。

 もう一本松明を用意すると、火を移したそれをシューへ預けた。

 サブレの左右から、宝箱を照らすように光源を配置する。

 準備は万端。サブレは宝箱に張り付き罠へと挑み始めた。

 錠前部分はもちろん、蓋と本体の接合部、蝶番や構造材の合わせ目、実に細かく調べていく。

「……ガス、かな?……これは……」

 小さなクランプをいくつも使い、ほんのわずかに蓋を浮かせ、薄い金属のを差し込んで隙間を慎重にうかがっていく。

 細い金属性の様々な先端をしたピックを油を注したカギ穴に忍び込ませ、丁寧に指を動かす。

 その流れるような作業を、息を殺して見入るシューたち。


 斥候スカウト盗賊シーフを、戦闘に役立たない存在と見下す者がいる。

 単純に戦闘力だけ考えればその通りだろう。

 前衛で武器を振るう戦士、奇跡を起こす神官や世界の理を覆す魔法使いに比べられるものではない。

 だが、斥候や盗賊がその真価を発揮するのは戦闘前後だ。

 彼らの技能なくして、迷宮に蔓延る脅威の感知、扉に仕掛けられた罠の発見や解除、宝箱に眠る財宝やいにしえの武具の入手は困難だと言わざるを得ない。

 熟練者ほど、彼らの存在を重宝する。

 役立たずなどとあざけるのは己が初心者だと吹聴するようなもので、ましてや仲間を見下すなど冒険者として恥ずべき行為。

 迷宮探索とは、怪物だけではなく迷宮そのものとの戦いでもあるのだ。


「……んよぉし」

 サブレの、抑えてはいるがしてやったりという声がした。

 同時に、宝箱の蓋が抵抗なく浮く。

「御開帳~~っ」

 蓋に手をかけ大きく開くサブレ。

「……う、わぁ……」

 サブレの勝利宣言に身を乗り出し、宝箱の中を見て感嘆の声を漏らすシュー。

 それほどかさはないが、宝箱の底が見えないくらいの貨幣が。

 そしていくつかのアイテムらしいものも。

「ふふーん、やったね」

 貨幣の山に手をくぐらせるサブレ。ジャラジャラと耳に嬉しい音が響く。

「迷宮探索ひと財産って、本当なんですねぇ……」

 こんなにいっぱいのお金、見たことないですよ~と、実感がわかないままのバニラ。

「……古い時代の硬貨が多いですね。大半が銀貨みたいですから確かにひと財産かも」

 サブレにならって貨幣の山をすくい、ほころんだ顔で質を確認するパイ。

「……古いのが、いいんですか?」

「今流通してる銀貨は混ぜ物が多いですけど、昔のはほとんどが純銀なので価値が高いのですよ」

 バニラの疑問に優しく答えるパイ。

「たまに真銀ミスリル製のが見つかるって、聞いたことあるよ」

 見つけたら正真正銘のお宝だけどね、と愉しげにサブレ。

「は~、夢が広がりますねー」

 目を銀貨のように輝かせて言うバニラに、つられて笑いながら、

「手分けして袋に詰めようか? 持ち帰らなきゃ苦労が無駄になっちゃう」

 シューが雑嚢から麻製の袋を取りだす。

「あ、万一に備えて袋は二重にして詰めた方がいいよ」

 袋を取り出して詰めようとした皆に、サブレのワンポイントアドバイスが飛ぶ。

「いっぱいに詰めてると、貨幣同士の摩擦で内側から裂けたりすることもあるからね、用心に越したことはない」

 なるほどと、従う一党。黙々と貨幣掬いの作業が続く。

 次からはすくう道具を持って来ようとか、スコップなんかですか? とか、スコップは優れた武器にもなりますよ、なんて、たわいない会話が弾む。

 ちょっとしんどいけれど、楽しい作業時間だった。


「――じゃ、戻ろうか?」

 一枚残さず貨幣を回収し幾つもの麻袋を腰帯にぶら下げた一党を見渡して、シューが言う。

「往きはよいよい帰りは恐いって格言もあるし、警戒は怠らずに。隊列は来た時の並びで」

 てきぱきと指示するシュー。率先して動くその姿からは迷宮突入時の自信の無さはうかがえない。

 シューは良い意味でひと皮むけた。その変化を皆が好ましく感じていた。

「ん、な、なにっ? みんな変な顔して……」

 自分を見つめる一党の目に、妙なくすぐったさを感じるシュー。

「~~♪ べーつにぃ」「――いえ」「なんでもないでーす」

 支度を済ませ、それぞれがらしい反応を示しバラバラと玄室の出口へと足を向ける。

「ちょっ、隊列さっき言ったばかりでしょっ、置いてかないでって」

 進みだした仲間たちを、慌てて追いかけるシュー。

 巨人族仕様の迷宮から出て奈落の星空を仰ぎ、地上との連絡用通路を進む。

 慎重に、警戒しつつも、足取りは軽い。

 侵入する前とは何かが違う。そのことを一党の全員が感じていた。

 経験とか、成長と呼ばれるものなのだろう。

 迷宮に挑むということは、それまでの自分を変えること。

 彼女たちは、本当の意味で『冒険者』と成ったのである。

 

 帰路は特に何事もなく、一党は無事地上へと戻る。

 すでに陽が傾いた空は、茜色に染まっていた。

 生還して来た冒険者たちに、門番の兵士たちは別段話しかけたりはしない。

 ただ一瞥しただけである。

 日に何組もの一党が迷宮に挑み、半数は戻らず、半数は息も絶え絶えに逃げ帰る。

 無事に帰還した一党ですら、次もまた無事であるとは限らない。

 迷宮に巣くう怪物と戦い、富を持ち帰り、都市の財を潤すならず者ども。

 軍人たちからすれば、冒険者などその程度の存在なのだ。


「うーん、地上うえの空気もなんか久しぶりって感じー」

 洞窟を出るや否や、サブレは伸びをしながら思い切り空気を吸い込む。

「……カビっぽかったり、えた臭いがしないのっていいね」

 同じように深呼吸して、しみじみとシューがこぼす。

「この迷宮の一層は比較的乾いていましたけど、湿気が凄いところもあるそうですよ」

 少し困った笑みを浮かべながらパイが言うと、

「……わたし、早く戻って身体拭きたいですぅ」

 バニラが汗で張り付いた衣類を肌から剥がしながら、愚痴る。

「あー、同感。あたしも汗拭きたい」

 シューが頷きながら同意すると、

「なら奮発して風呂屋行く? 幸い懐も潤ったことだし」

 前を行くサブレがくるりと振り返り、後ろ歩きのまま銀貨の詰まった麻袋を軽く叩き、仲間に提案する。

「そうしようか?」「良いですね」「大賛成で~す」

 三者三様の表情と声音で答えが返る。

「よーし、決まり。じゃさっさと行こうか」

 言うとサブレは再びターンを決め、前に向き直って足取りを進める。

「お帰り、お嬢ちゃんたち」

 兵士たちの休憩小屋の前を通りかかると、そんな声が飛んできた。

 シューたちがやって来た時、門番をしていた若い兵士だ。

「生きて帰れて、ホント良かったですよ」

 軽く頭を下げ、シューが苦笑気味に答える。

「そりゃあ何よりだ。次もそうなるといいね」

 返された言葉に害意はない。だが、そこには様々な意味が込められているのが、今の一党には分かる。

「勿論!」

 サメのように笑ってサブレが応える。

「アタシらはそう簡単にくたばったりするもんかってっ」

 威勢のいい言葉に仲間たちが笑って頷く。同じ思いだと。

 そんな一党を見て、若い兵士も笑う。

「いいね。頑張んなよ、お嬢さんたち!」

 投げかけられた言葉を、彼女たちは誇らしげに受け取る。

 

 若き冒険者たちは、森を抜け都市まちへと至る道を軽やかに進む。

「ま、初めてとしちゃ上手くいった方なんじゃない?」

 先頭を行くサブレが、肩越しに後ろを見ながら言う。

怪物モンスターを倒したし、宝箱も開けて稼ぎはあったし」

「わたし的には、大空洞の絶景。あれ見れたのがよかったですねー」

 サブレの言葉に、嬉しそうにバニラが返す。

「……わたくしは……反省ばかりです」

 恥じ入るような声音でパイ。シューが助け舟を出そうと何か言いかけるが、

「迷宮でも言ったけど、そういうの含めてこれから良くしてけばいいんじゃない?」

 それを制してサブレが先に口を開き、

「ほら、あれだ。"過ちは繰り返して、また次にすればいい" 」

 立ち止まって振り返り、決め顔で言い放った。

 その言葉に足が止まる仲間たち。一瞬の間、そしてドッと上がる笑い声。

「それじゃダメだよ~」「教訓に……くくっ、なりません、ね」「全然反省してないじゃないですか~」

 仲間たちがそれぞれに笑いながら、サブレの言い間違いに突っ込む。

 笑い合うことで、自然に生まれる一体感。

 こうして笑いあっていられれば、これかも何とかなるだろうと漠然と感じるものがあった。

 ひとしきり笑いあった後、落ち着いた雰囲気を乱す口火を切るのはもちろんサブレで、

「そうそ。何がよかったって、痛い思いしてご丁寧に血まで流す初体験っぷりだよね」

 狙って放たれた下世話なネタに、シューとバニラは顔を赤くし、パイは苦笑いだ。 

「だから、そういうのやめてって」「あわわわわ」「――でも、言われてみれば確かに」

 ケタケタと笑うサブレの、口を塞ごうとシューが迫る。

 が、大人しく捕まるようなサブレではない。

未通女おぼこい嬢さん、ここまでおいで―」

 からかいながら身をかわし、足を速めてゆく。

「だ~か~ら~」

 顔を朱に染めたまま、追いかけるシュー。

 その光景を微笑ましく見つめたパイは、赤面したままのバニラの手を取り、

「待ってくださいまし―」

 そう言って後を追い駆け出す。

「……シューさんて、そのぉ、乙女?」

「おそらく。――バニラさんは?」

 手を引っ張られて駆けながら、ふと思いついたことを尋ねるバニラにパイは妖しく微笑み返す。

 さらに顔を赤くして言葉を失くすバニラに、今度は優しく笑うパイ。

  

 駆けてゆく冒険者たち。目的地はとりあえず都市のお風呂屋さんだ。       

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