第二章 Welcome newcomer ――新人さん、いらっしゃい

第7話 Promotion system and consultation ――昇級制度と相談


「ん~、今日も宝箱、イマイチだったねぇ」 

 そうボやくのは小人族パルヴス斥候スカウト・サブレ。

「一層の奥に進むにつれ、貨幣よりもアイテムが多くなってきていますね」

 艶やかな声で応える人族、痴情と肉欲を司る女神・グラマナに仕える女僧侶ブリーテスのパイ。

「アイテムは……もっと使える物が出てくれないと、鑑定料との割が合いませんよぅ……」

 サブレに劣らずボやいているのは人族の魔法使いソーサレス・バニラ。

「しょせん一層だからそれなりの物、なんだろうけど、もしかしたらって思うと……」

 『鑑定しない訳にはいかないしねぇ』と苦笑いを浮かべるのは、一党パーティ頭目リーダーでもある人族の戦士・シュー。

「今んとこ、なにが出てきてたっけ?」

「えぇっと、なまくらな剣に腐った皮鎧、あと普通の杖とか短刀とかゴロゴロと。変わりどころで『ユージ・ロゥ』とかってめいの錆びたナイフ。ちょっと良かったので傷薬くらいですか」

 尋ねるサブレにバニラが答える。

「かーっ。使いもんになんねーのばっかじゃん」

「まぁまぁ。収入は少ないですけれどその分成長は出来ていますし、つり合いはとれているかと」

 グダるサブレをパイがなだめようとするが、収まらない。

「階級上がったっつっても、まだ新人ルーキー枠じゃんか。あ~、はやいとこ常連レギュラーになって儲けて~」

 

    §

  

 過去に幾度もあった都市や国家間での戦争後に、あふれた難民の救済策の一環として冒険者制度は生まれた。

 冒険者登録をすれば都市や国の住民権を得られるが、資格の維持に公はもちろん、民間業者あるいは住民いち個人からの依頼を受け遂行することを求められる。

 与えられる仕事は多岐にわたり、有事の際は軍の一員、各地にある迷宮や遺跡の探索、領地の村を脅かす怪物の退治に隊商の護衛、果ては辺境の開拓。

 危険を伴い生命を落とす者たちも多いことから、ていのいい棄民政策だとも噂される。

 そして為政者たちが噂を積極的に否定する姿勢をとらないことが、事実なのだと雄弁に語っていた。 

 が、大半が最下級の生活を強いられていた者や難民であるために、一獲千金の望める冒険者制度が広く受け入れられているのもまた事実なのだ。

 冒険者には階級があり、階級はそのまま信用に直結し、受けることのできる仕事の難易度も質も変わる。

 例えば昨日今日冒険者になった者と、幾度も死線を潜り抜け多くの依頼を達成して来た者。どちらに信を置くかといえば瞭然だろう。

 低い階級の者は重要性の低い仕事しか斡旋されず、当然得られる報酬も低くなる。

 必然的に、危険度は高いが得られる代価も高いダンジョンアタックに向かう者が多くなる。

 高階級の者はその名声だけで報酬を得られる機会もあり、サブレが言うように階級が上がるということは生活が楽になるということなのだ。

 シューたちは冒険者になってまだ六十日ほど。十回迷宮に挑んでおり、新人ルーキー枠の下級ビギナーから中級フレッシュとなっていた。

 階級枠は新人ルーキー常連レギュラー熟練ベテラン達人マスターの四つ。

 そして達人を除く枠はさらに三段階に分けられており、上がるにつれ昇級条件は厳しくなっていく仕組みだ。

 昇級は達成した依頼件数、倒した怪物の種類や数、得られた報酬額、都市や国に対しての貢献度、査定役人との面接によって定められる。

 迷宮や遺跡で多くの怪物を倒し宝箱を開けて帰還しようと、無頼の徒やならず者では世間からの信用は得られないし、腕が立つだけの無法者は御免こおむる。

 よって重視されるのは面接。

 冒険者制度とは、アウトローを真っ当な住民ににするための人格矯正プログラムの一面もあるのだ。

 

    §

  

 迷宮第一層での探索を終え、地上への通路を喧々諤々としながら進んでいたシューら一行。気が緩んでいたことは否めない。

 正面の薄闇から怪物たちが現れたのに、即時対応できなかったのは仕方ないだろう。

 偶発的遭遇ランダムエンカウント

  向こうにも突然のことだったのか、幸いにして先手を取られることはなく、シューたちはすかさず戦闘態勢に移り撃退行動に出る。

 おぼろげに確認できる影は五つ。

「――火連弾ファイロ・デュエト!」

 先手を取ったのは魔法使い・バニラ。昇級して覚えた新呪文を唱える声が響く。

 五体の敵に向かって、五つの火の玉が飛んでいき弾ける。一発ずつの威力にばらつきがあるために倒せたのは三体だけ。

「すみませんっ」

「大丈夫、まかせて!」

 仕留め損ねたことを謝るバニラに、前衛のシューから頼もし気な声が返る。

 損傷の軽微な二体が一党に近づき、姿がはっきり見えて正体がわかる。

 骸骨スケルトンだ。

 迷宮で命を落とした生物の骨が生者に対する怨念で再び動き出した存在。

 大抵は狗頭コボルド小鬼ゴブリンの骨だが、まれに人族――おそらく迷宮で命を落とした冒険者――のものに遭遇することもあると言う。

 手にした粗悪な剣を振り上げ切りかかってくるのは、特徴的な頭蓋からコボルドだろうことがうかがえた。

 隙間だらけの骸骨に有効なのは打撃。

 シューは穂先で突くことをせず、長い柄をしならせ骸骨の肩口から斜めに叩きつける。

 乾いた破砕音が響き、硬く耐久性の高い樫の柄が、十分にその目的を遂げたことを知らせた。

「――ハイッ」

 少し遅れてもう一体のコボルドスケルトンが、神官戦士・パイの手にした打撃武器の代表格である鎚鉾メイスに粉砕される。

 突然の遭遇戦はあっさりと終わりを告げた。

 シューたちにはもう初冒険時のような手際の悪さは見えない。

 崩れ落ちた骸骨へとパイが弔いの祈りを捧げている横で、粗悪な剣など怪物の残された武器を「売れば少しは足しになる」と回収するサブレである。

 

 迷宮から出て迷宮保有都市・ロスリスバーガーへの道すがら、いつものようにたわいのない会話をする仲間たちに最後尾を行くシューが話しかける。

「あのさ、相談したいことがあるんだけど……」

 声音に含まれる微妙な緊張に気づいた仲間たちは会話と足を止め、シューの言葉に耳を傾ける。

「……なんでしょう?」

 声をかけたはいいが切り出せないでいるシューを、やんわりとパイが促す。他の仲間たちもシューの言葉を待つ。

「……うん。前からから考えていたんだけど……」

 三人の視線を受け、ためらいがちに言葉紡ぐシュー。

一党パーティのメンバー、増やそうってかなって。その、フルメンバー。六人編成に……」

 それは一党にとって爆弾宣言であった。

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