第8話 Chou's past ――シューの過去
迷宮保有都市・ロスリスバーガーの一角、冒険者街にいくつかある食堂兼酒場のひとつ『洞窟と巨人亭』。
にぎわう店内片隅のテーブルにて、探索から帰ったばかりのシューたちが顔を突き合わせていた。
円形のテーブルを囲み話し合うのは、帰りの道すがら
一党の増員について、だ。
「――まず、シューさんがどうしてそう考えるに至ったのかを、説明していただけますか?」
参謀格である
そんなパイの調子に安心したのか、シューが口を開く。
「……なんとなく、考えだしたのって、その、昇級してから、なんだ」
言葉を探すように語りだすシュー。
見つめる視線は三者三様で、パイは感情を映さず、魔法使いのバニラは不安と興味深げに。
そして一党の影のリーダー、
「……あたしたち、初めのころから比べたら、強く、なったよね? 一層でもさ、そんなに苦労しなくなった。連携だって、上手く行ってる。けど……けどさ、そこまでなんだよ。強くはなったけど、二層に挑めるほどじゃ、なくて。でも、一層じゃ、サブレも言ってたけど、実入りは厳しくなって来てるし、鑑定料かかるのにアイテムは使えないのばかりで、迷宮税も取られるしで、お金、出てくばかりで。次の昇級するよりも、先に干上がっちゃうかもしれない……。だったら、だったら、人増やして、戦力あげて、昇級待たないで二層に降りて稼いだ方がって、あたし、あたし――」
喋っているうちに気が
が、それは続かず、しぽむように席に着きうなだれた。
どこか空回っている激白に、皆はシューが焦る理由を察する。
――金だ。
本人から聞いた話では、シューが住んでいた村はとても貧しかったらしい。
貧しい村の中でもどん底に貧しかったのがシューの家で、おまけに子だくさん。シューを入れて男女六人。
昔の戦争で片腕を失った父親はろくに働かず、母親も度重なる出産で体を壊し床に伏せがち。
自前の畑を持たないため、兄と姉が近隣の手伝いをして得るのが唯一の糧。
幼いシューも森に入り果実や野草を探し、川で魚を捕ったりして家の手助けをしていたとか。
貧しいなりになんとか暮らしていたが、悪いことは突然やって来てさらに重なる。
シューが十二の年、一番下の弟が川でおぼれ死に、二年後流行り病で下のふたりが亡くなり追うように母も逝った。
なけなしの金目のものと姉をむりやり連れて、父が家からいなくなったのは十五の春。十六になる前に森で兄が怪物に襲われて死んだ。
十七になったシューの元に街からの使いが来る。父が作った借金を代わりに返せと。
借金取りの話で、父が姉を娼館へ売り飛ばし酒と博打に溺れた生活をしていたこと、姉も客とのもめごとで亡くなったことを知る。
兄――もう居ないのに――と自分を担保に金を借り、それを踏み倒そうしてなぶり殺しにされたことを教えられた。
父の末路を聞いてもシューには何の感慨もわかなかった。度重なった不幸は彼女から感情の揺らぎを奪っていた。
借金取りに連れられるまま街に行きそこで値踏みされるが、食うや食わずの生活をしてきてシューには、
自分を見捨てた父親に知らぬところで勝手に人生を決められ、身に覚えのないことでひどい言葉を浴びせられ殴られ蹴られる。
理不尽な罵倒と暴力にさらされる中、シューは思った。
『なんで? あたしがなにかした? 村で皆に石を投げられても我慢した。お腹が空いたって人様のもの、盗んだりしなかったよ、なにか悪いことした? なんで、なんで怒鳴られなきゃいけないの? 叩かれないといけないの? ねぇ、なんで? ……嫌だ。もう誰かの勝手に、誰かの勝手に振り回させるのは、嫌だ。あたしは、あたしだけのために生きたい!』
シューの中でなにかが切れた。
無抵抗だったシューが突然暴れ出し、借金取り連中に逆に飛び掛かる。が、非力なうえに多勢に無勢であっさりと押さえつけられる。
しかしシューは抵抗することを止めない。声を上げる、叫ぶ。自分の生き方くらい決めさせろ、と。
「面白い、気に入った」
借金取りのボスの気まぐれなひと言で、シューは戒めから解かれた。
ボスが言う。
「だが、貸したもんは返してもらわんと筋が通らない」
一年の猶予と、組織付きの僧による『
自分の自由を得るために一獲千金を求め、シューは
彼女が『誓約』を果たすために、冒険者となった今も最低限の生活をしていることを。
与えられた期限がもうすぐ尽きようとしていることを。
そして、返済額にはまだ及んではいないことを。
シューのこれまでを知っているからこそ、彼女が金銭にかける気持ちは痛いほどにわかる。
迷宮で得た報酬を――事情から大目に取っても構わないのに――キッチリ人数分均等に分けている愚直さも、知っている。
手を貸してあげたい。仲間だから、大切な友人だから。
四人での探索は大変なこともあったが、上手くやれていた。冒険は時に厳しいが楽しかった。
それもすべてシューと言う要がいたからこそだ。
頼りないし不器用で世渡りが下手なやせっぽち。愛すべき我らのリーダー。
我がままなんか言わなかった彼女の願い、応えたいと思うのは皆同じだった。
「――でさ、具体的にどんなのを増やすつもりなのさ?」
素直に気持ちを表に出せず、ぶっきらぼうにサブレが言う。
そう、一党で口火を切るのはいつだって彼女だ。
目を合わせないように横を向いてるサブレに好意の笑みを浮かべ、うなだれたままのシューに視線を向けパイが続く。
「前衛職でしょうか、それとも後衛?」
かけられた言葉にシューは顔を上げ、驚きと嬉しさが混ざり合った瞳で仲間たちを見回す。
「えーと、わたしとしてはですね、鑑定職の方が入ってくれるとありがたいんですけどぉ……ほら、鑑定料も浮きますし、魔法も奇跡も使える人がいれば戦力も上がりますし 」
ちょっと遠慮気味に手を挙げながらバニラ。
「あぁ、でしたらもうひと
バニラに追従するようにパイ。
そして『いかかです?』と言わんばかりのまなざしをシューに送る。
上手く言葉が出せずにいるシューへ、
「ほらほら、ハッキリしろってリーダー」
いたずらな笑い顔でサブレが追い打ちをかける。
感極まって顔をくしゃくしゃにし、シューが声を絞り出す。
「……みんな……みんな、――ありが、と」
ボロボロと涙をこぼして頭を下げたシューに、
「ぶえっつにぃ~」「――いえいえ」「ハハハ……」
いつも通りな三者三様の返事。
シューにはそれがなにより嬉しかった。
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