第5話 Sable's style ――サブレの流儀
「――何してんのアンタらは?」
呆れたまなざしでふたりを見つめながら、サブレが言う。
突然投げかけられたその一言が、間一髪シューを桃色の世界から連れ戻す。
「お、お願いっ、パイを止めてぇ」
我に返り、抱き着いているパイを引きはがそうとするシュー。
「あーハイハイ、わかったわかった。――バニラも手伝って」
乾いた笑みを浮かべつつ、ふたりに割って入ろうとするサブレ。
が、自分の体格からバニラに応援を求める。
例外はあるが、
顔を真っ赤にして見入っていたバニラだったが、こちらもサブレの一言で現実へと帰還した。
「あ、は、はいっ。お手伝いしますっ」
まだ興奮冷めやらぬ頭でバタバタと駆け寄り、体格差のあるパイをなんとか羽交い絞めする。
火照るパイから立ち昇る甘い体臭に、脳が桃色に染まりかけるが耐えるバニラ。
「パ、パイさん、しっかりしてくださいよぉ」
バニラがパイの腕を抑えている間にサブレがふたりに割って入り、引きはがすことに成功する。
「――ったくさぁ、
「サブレ~、ありがと~」
呆れかえった顔で小言をぶつけようとしたサブレに、涙目のシューが抱き着いてくる。
「――ぅわぷ。ちょっ、アンタねぇ」
言ってるそばから……と、怒鳴ってやろうとしたサブレだったが、
「怖かった怖かったっ、コボルドなんかよりずっと怖かったぁっ」
身体を振るわせて涙ぐむシューを見て、なんかどうでもよくなってしまう。
「……めんどくせー」
本当にどうでもいいような口調でこぼすサブレであった。
そしてもう一方の問題も片が付きかけていた。
「んーっ、んーっ、――んーっ、ぅん……んん……、うん、あ――」
押さえていたはずのパイにあっけなく組み伏せられ、唇を塞がれたバニラ。
ジタバタと暴れていた手足が力を失くし、重なり合った唇と唇の隙間から漏れる声が抵抗から甘美な響きに代わり、途絶える。
「……わたくし?」
脱力しきったバニラから身体を起こしたパイが、まだ火照りの残る惚けた顔で辺りを見回す。
目の合ったサブレの呆れたまなざしと、その陰に隠れておびえるシュー。
そして自分の下で蕩けた顔をして横たわるバニラを見て、すべてを悟った。
「……やってしまいましたか?」
うかがうように視線を向ければ、サブレは大きく頷き、
「どーすんのよ、このありさま?」
子を叱る親のような態度で言い捨てる。
パイはただただ恐縮するのみであった。
バニラが甘美な夢から目覚めると、
一番大人だと思っていたパイが子供のようなサブレに叱責されていて、
「……どうなっているんですかぁ?」
まだ思考がまとまらず、つい口から出てしまう言葉。
「――あ、目が覚めた? ちょっと、アタシらの今後について話してた」
少し可哀想なモノを見る目をしてから、サブレは投げやりに言った。
「はぁ、今後、ですか?」
バニラが憐れむような見方をされたことにも気づかず返すと、
「そ。戦いの
明らかに蔑むまなざしで、目の前で正座しうなだれているパイを見下して言い捨てるサブレ。
「まったくもって、サブレさんの仰る通りです……」
当事者のパイは申し訳なさ気に、力なく口にする。
「全てはわたくしの未熟さが招いたこと……」
「あーそういうの、別にどうでもいいの」
間髪入れず放たれたサブレの言葉に、思わず顔を上げるパイ。
「アンタの性癖がなんだろうが、アタシには関係ない。
繰り出される言葉に、パイだけではなくシューやバニラまでもが疑問符を浮かべる。
「誰かと乳繰り合いたきゃお好きにどうぞ」
感心なさ気に言い捨てながら、
「――たださ、時とか場所とかはわきまえろってこと」
一拍おいて放った言葉には重さがあった。
「――ほれ」
言ってサブレが顎で示したのは、コボルドどもがたむろっていたと思われる一角。
「
ついて来いというように首を傾けてから、歩き出すサブレ。
残る三人も、互いに微妙な距離を取り合って続く。――そして見てしまう。
「――うっ」「……」「――ぐっ」
シューは眉を寄せ、パイは沈痛な顔をし、バニラは手のひらで口で蔽いこみ上げてきたものを抑える。
そこに在ったのは、ここに挑んだ先達たちの残骸だった。
「コボルドどもは武装してなかったから、居着くよりずっと前に、だろうね」
冒険者たちのなれの果てを見下ろしながら、感情を殺した顔をして淡々と口にするサブレ。
「アタシはこうなりたくないし、なる気もない。……アンタらはどう?」
冴えたまなざしで仲間たちを見渡し、問いかける。
サブレに返される様々な感情が混ざった仲間たちの視線。
「――さっきも言ったけど、
言ってること、間違ってる? と、声音と態度で示すサブレ。
「一党は一蓮托生だっけ? ならなおさら冒険してる間くらい、そういうの抑えとくべきじゃないかって、アタシは思う訳なんだけど」
ぐうの音もない正論に言葉のない仲間たちを見て、ほくそ笑むサブレ。
「お楽しみは全部帰ってから。――生き残ってこその冒険でしょ?」
言うなりずいっと顔を突き出して、文句ある? って感じでひとりひとりの目をのぞき込む。
「ま、アタシが言いたいのはそういうこと」
アンタらはどうする? って態度で言いきるサブレである。
シューは小さく両手を挙げて降参の意を示し、パイはかしこまって頭を下げ、バニラは解りましたと言うように頷きを繰り返す。
仲間たちの反応に、満足気なドヤ顔を浮かべ笑うサブレ。
名目上のリーダー・シュー。参謀・パイ。ご意見番・サブレ。下っ端・バニラ。
一党内の力関係が確定した瞬間であった。
「――ま、それはそれとして」
亡骸とは言えないほど破壊つくされた、かつては人であったモノにしゃがみこみ、手を突っ込んで何かを拾い上げる。
サブレが手にしたものは数枚の金属の小片。――冒険者タグだった。
「……ご同業だし、これくらいは、ね?」
柄じゃないけどさ、と照れ笑いを浮かべるサブレ。
そんなサブレを優しく見つめ、"そんなことはありません" と首を振り、亡骸へと跪き鎮魂の祈りを捧げるパイ。
シューとバニラも、それぞれの信じる神に黙祷する。
弔いをすませたあと、パイはシューとバニラに改めて謝罪し、サブレに対しては感謝の言葉を伝えた。
「と、とりあえず、帰ってから話しをしようよ、たくさんさ。お互いのこと、もっと知り合おう?」
シューの精一杯の言葉に、それぞれが
まだぎこちなさが残りはするが、まとまりを取り戻す一党であった。
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