第4話 Battle in the chamber ――玄室での戦い
玄室へと雪崩れ込む一党。敵は、――居た。
闇の向こう、朧気に見える影がうごめき、こちらへと向かってくる。
明確な殺意が感じられる。敵対的
「人型っ、小さいっ、数は、――六!」
目の利くサブレが叫ぶ。が、敵が何かまでは判別出来てはいなかった。
迷宮の闇と漂う瘴気は敵の姿を捉え難くする。
ましてや命を奪おうと襲い掛かってくる相手を、のんびりと眺めるなど出来はしない。
迷宮で命のやり取りを重ねた熟練者ならば、見極める余裕も生まれよう。
だが初心者に、初冒険の新人にそれを望むのは酷というものだ。
「バニラさん、魔法を!」
「は、はいっ」
前に出て迎え撃たんとするパイからの言葉に、応えるバニラ。
杖を構え精神を集中し、頭の中で己の使える真言を選び、紡いでいく。
"眠り……雲……包む……" 世界の
「
バニラの声が玄室に響くや瞬時に魔法が発動し、襲い来る敵の一団を白い
まどろみの雲に捕らわれた敵のうち、三体の動きが鈍り脚が止まる。
三体しか止められなかったと言うべきか?
「助かるっ。ふたつはあたしが!」
答えは後者だ。一時的とは言え敵の勢力が半減したのだ、これを好機と言わずしてどうするか。
バニラに礼を言い、シューは突進してくるうち二体の前に立ちこれを迎え撃つ。
頭の浮かぶのは飢えを満たすために野生動物を狩っていた過去。
狩人でも猟師でもない
その経験がシューに落ち着きをもたらしていた。
「ィヤアァ――――ッ」
気合とともに襲い来る敵に槍を突き立てる。狙うは腹!
「ギャンッ」
穂先が肉を貫いた感触とともに、甲高い悲鳴が上がる。
相手が同種や弓などの射程武器でもない限り、先に攻撃することが出来る。
戦いにおいてこのアドバンテージは、思う以上に大きい。
シューはさらに踏み込んで握った柄を捻り込み、穿った傷口を広げ致命を与えんとする。
抉られた腹部から大量に血を流し、脱力する敵。
槍を引き抜く際に横へと振り、飛び込んでくるもう一体の胴を薙ぎ払う。
「キャンッ」
再び上がる甲高い悲鳴。払われた敵が横手に吹っ飛ばされ転がった。
槍を構え直し、先に倒した敵に追撃を加えるシュー。
横たわる敵の首を確実に貫いてとどめを加えたあと、すぐさま横転した敵へと向かう。
「グルルルルゥ……」
槍で払われた痛みと怒りで血走ったまなざしを向け、低く唸る怪物。
一体倒したことの余裕からか、シューは敵がなんであるかに気が付く。
「――こいつら」
「
シューの声に、パイの言葉が被さった。
嚙り付こうと飛び込んできたのであろう狗頭の顎を、
至近距離ならば、敵の判別もつくというものだ。
メイス頭部の
幸いなことにリーチが短く、パイへの攻撃はギリギリで届かない。
コボルドは、犬のような頭を持つも体毛はなく灰色のうろこに覆われている。
成体でも人族の子供ほどの大きさだが、性質は凶暴で強い破壊衝動を持つ妖魔だ。
尖った牙と鋭い爪で襲い来るが、武器を扱う知恵もある。
単体での強さはさほどないが、本質は集団戦にあり数で来られると脅威だ。
似たような性質の
「ハ、アァッ」
気合一閃。メイスをコボルドに齧りつかせたまま振り回し、石畳へと叩きつけるパイ。
凶暴なコボルドだがその体躯から体重は軽く、膂力もそれほどない。
そしてパイと対峙したコボルドは幼体と思えるほどに小型で、女性ではあるが鍛錬した戦士のパイの筋力が
「――――ッ!」
メイスと石畳に挟まれた頭蓋を粉砕され、言葉にならぬ断末魔を上げ絶命する狗頭。
パイはメイスを振り、こびりついた粘液を払うとシューのサポートへと向かう。
小刻みに突きを繰り出し、コボルドに攻め入る隙を作らせないシュー。
かわしきれないコボルド。身体のあちこちに無数の傷を負い、すでにフラフラだ。
よろめくコボルドの喉元を穂先がえぐり、それがとどめとなった。
「――フゥ」
溜めこんでいた息を吐き、立てかけた槍に身体を預けるシュー。
「お見事でした」
「なんとか、ね」
近寄って労いの言葉をかけるパイに、安堵の表情で応えるシュー。
「でも、もうひと仕事、ですね」
苦笑気味にそう言いながら、パイは顔を玄室の奥へと向け直す。
「だね」
こちらも苦笑いを浮かべつつ、同じ方向へと視線を向ける。
見つめる先には、バニラの魔法に捕らえられたコボルドの姿が。
ふたりは武器を構え直し、敵を無力化すべく近づいて行った。
"睡眠" の魔法は、本当に眠らせている訳ではない。
あくまで、寝ているような状態にするだけである。
それも永続する訳でもなく、ある程度の時間だけ。
かけた術者の技量とかけられた側の精神力次第で、持続時間も変化する。
だから誰が悪いとかの問題ではなく、ただ運が悪かったのだ。
ほぼ無抵抗状態のコボルドを、シューとパイは確実に急所を叩いて倒す。
残るは一体。シューがのど元へと槍を向ける。
――ここまでが上手く行き過ぎていたのだ。だから誰かが悪い訳ではない。
コボルドがまどろみから目覚めたのも、シューが危険はないと思い込んでいたことも。
すべては運のせい。
相手の油断という好機をコボルドは逃さなかった。
「ガゥッ」
不用意に近づいてきたシューへと、牙を向け飛び掛かる。
「――!」
反射的に槍で防ごうとするシューだったが、間に合わない。
「あぅっ」
シューの左前腕から鮮血が吹き上がる。
衣類を裂き、皮膚を破り、肉に食い込むコボルドの牙。
「シューさん!」「シュー?」「――!」
仲間たちの悲痛な声が上がる。
激痛をこらえ、身体をひねり腕を振ってコボルドを無理やりに引きはがすシュー。
強引な剥離で牙が肉をえぐり、さらに多くの血が流れ出る。
パイがすかさず飛び込み、石畳に転がるコボルドへメイスを一閃。
「ハァッ!」
「ギャンッ」
気合とともに背へとめり込む鈍器の一撃に、コボルドの悲鳴が上がる。
冒険者へ一矢報いたコボルドだったが、背骨を砕かれて命を絶たれた。
名を呼びかけながら、仲間たちが力なく座り込んだシューのもとに集まる。
傷口を押さえている右手のひらの隙間から、血がどくどくと流れていく。激痛に顔をゆがめるシュー。
そんなシューにサブレは手を出せず、バニラは軽くパニくっていた。
「シューさん、手をどけて、傷を見せてください」
ひとり冷静さを失わずにいるパイが寄り添う。
自身の髪を束ねていた紐を使い、シューの左肩口を締め上げながら語り掛ける。
「……傷に沁みると思いますが、堪えて」
まだ血の止まらぬ傷口に水袋から水を注ぎ、噛まれた痕を確かめるパイ。
疼痛に声を殺し、顔をしかめるシュー。
「かなり深手ですね……なら」
負傷具合から応急手当では済まないと判断したのか、傷口に手をかざし、
「痴情と肉欲を司る麗しの女神よ、友の痛みは我が痛み、傷つき汚れしその肌に再び元の輝きを与え給え……
己の信奉する神に祈りを捧げ、奇跡を願うパイ。
かざした手のひらが淡い光りを放ち、柔らかなその光に照らされた傷口がゆるやかに塞がっていく。
「どうですか?」
疲労の色を見せながら、シューに問うパイ。
奇跡の嘆願は天上の神と祈る者との魂をつなぐ行為。魔法使いの魔法行使と等しく、術者の
「……ちょっと突っ張る感じがするけど、痛みも薄らいでる……ありがとう、パイ」
傷を負った左前腕の肘を曲げ、手首を回したり指を動かしたりして、状態を確認しつつ感謝の言葉を伝えるシュー。
「いえ、傷ついた仲間を癒すのは神官の務め。お気になさらずに」
止血に使っていた紐で再び髪を束ねながら礼を受け止め、慈愛の笑みで返すパイ。
少しばかり喘ぐような呼吸をするのは、奇跡を願った疲労からだろうか。
「でも、本当に良かったですよ~、大ごとにならなくて」
心配しましたよー、って
「ま、アタシは大丈夫だろうって思ってたけどね」
サブレは憎まれ口っぽく言う。それがポーズだと、まだ短い付き合いながらわかっているから皆の口元が緩む。
「――ごめんごめん。油断しちゃってたね、反省だ」
パイに肩を貸してもらって、立ち上がりながらシューが言う。
「 "過ちは認めて、次に活かせばよい" 、と。先人たちのありがたい教えです」
ふらつくシューを支え、パイがわざと聖職者っぽい言い方をする。
なにそれ受ける~、とサブレが笑いだし、釣られるように皆も笑う。
文字通り命を懸けた緊張が解けたのだ。しばしの休息は許されるだろう。
「……傷口は塞がっても、失った血や活力はすぐには戻りませんから」
くつろいでる
「あぁ、それでまだふらついちゃうのか」
吐息交じりの囁きを受け、顔に朱を浮かばせてドキマギと答えるシュー。
自分を見るパイの瞳が潤んでいて、触れる肌から熱が伝わってくる。
「……ですので、無理は為されずに。戦いはわたくしにお任せを」
どこか艶を含んだ声音で告げながら、身体の密着度を増すパイ。
腰に回された腕の指先が、艶めかしく触れてくるのをシューは感じた。
「え、ええっと、パイ?」
信頼する仲間の妖しい行動に、戸惑いながら真意を問うシュー。
「……我が麗しの女神グラマナは痴情と性愛を司っております。力をお借りすると、その……
パイは火照った
「グラマナさまの御力を受け止めるにはわたくしはまだまだ未熟で……昂ぶりを上手く抑えられないの、です」
申し訳なさ気に口にするが行動は反対で、積極的にシューに密着してくる。
「……しばらくすれば治まります……ですからもう少しだけ……こうして……」
言葉と裏腹に、指先で忙しなくシューの身体をまさぐるパイ。
その動きは的確で、衣服の上からながらシューの女性として弱いところをついてゆく。
パイの火照った躰から甘い匂いが立ち上がり、吸い込んだシューの精神を蕩けさせていく。
「……ん」
唇をかみしめ、与えられる快感を必死に抑えるシュー。
「ああ……」
パイは甘い声を抑えようともせず、更なる喜悦を求めようとする。
たおやかな指が蛇のように動き、シューの服の内側へとそっと忍び込んで行った。
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