第14話 姉妹②

 そうして一日が過ぎ、起伏が少しある地形を行く最中──突如、魔物たちが襲ってきた。

 まずは屈強な男が幌馬車から降りて戦闘が始まり、外から怒声が響いてくる。

「おい‼ 弓撃て、弓‼ 空にも魔物が三体いるぞ‼」

 もう一人の男が慌てて弓を掴んで矢を射る。

 村の大人たちと違って戦闘経験を積んだ人の動きに見えた。矢を射る音に合わせて魔物の甲高い鳴き声が聞こえてくるのだが、次の瞬間、男の悲鳴が響いた。

「ギャアッッ‼ コイツ、噛みやがった‼」

 幌馬車から見える所で男が叫んでいる。大きなトカゲが肉をむしり取る勢いで噛み付いている。血がだばりと地に落ち、草原の緑を朱に染めた。

「何やってんだよ。そんぐらい何とかしろっ‼」

 男たちは互いに協力していない。負ければ次は自分たちが魔物の餌だと理解したトールは、右手の手錠を力任せに引っ張るが、ガチャガチャと音はするだけで──壊れる気配はない。

「お姉ちゃん。手、怪我してる。もう止めて!」

「大丈夫だってば。魔物に喰われるよりマシでしょ」

 何も大丈夫ではない。こんな草原で逃げ出した所で他の魔物に食べられるだけだと、トールも分かっている。だけど今動かないなら──きっと自分は一生、後悔するだろう。

「ふぅー」

 深く息を吐いて覚悟を決める。この四十日近く、ずっと手錠を緩めることに苦心していた。スープを金具に掛けて錆びさせ、石をぶつけて歪めたりと。

「────ッッウぅううううッ‼」

 だが最後の一手が足りなかった。覚悟と言うのだろうか──トールは手首が脱臼しても構わないとばかりに、手錠から手を引き抜こうとする。

 ギリギリと音がする。痛すぎて涙が出てくる。だけどトールは渾身の力を振り絞って、手錠から腕を抜いた。痛みで過呼吸になるが──ぐっとこらえて大声は出さない。

「よっ、し。鍵はあの人達が持ってるのかな。待っててねシーラ」

「お姉ちゃん……ごめんね……私…………いつも……」

「なーに言ってんのよ」

 謝る必要などない。トールはそろりと幌馬車の前方から顔を覗かせる。すると草原の稜線の向こうから、駆けてくる茶色の狼が見えた。

「こらっ! ガブリール止まれっ! 危ないだろうがぁっ! ステイ! ステイ!」

 灰色髪のヒュームも後ろから全力疾走してきた。

 少し年上だろうか──立派な鎧、それと剣を佩いている。

 幌馬車と灰色髪の男の間には三体の魔物がいる。人より大きいトカゲ。素早く動いて灰色髪の男に噛みつこうと飛びつくが、下段からの斬り上げにより両断された。

 奴隷商たちも驚いている。突然の乱入者が敵か味方か分からないようだ。

 狼が飛び、低空飛行している魔物の首元に喰らいつく。ぶしゅうと血が吹き出し、狼は興味を無くしたように魔物を放り捨てる。次の獲物はどこかと──瞳が煌煌と輝いていた。

 剣の動きに同調するようにして血の雨が降る。少し待てば、残る魔物もあっけなく討ち取られる。辺りに人以外の死体が転がる中、奴隷商は愛想よく青年に語りかけていた。

「いやー助かりました。私どもは旅の商人でして、何とお礼を申し上げていいのやら」

「そうでしたか」

「ハーフェンで商会をしております。お立ち寄り頂ければお礼させて頂きますね──」

 嘘だ。この人達は真っ当な商人ではない。大声を出して助けを求めるべきか。

「──なるほど、立ち寄らさせて頂きます。ちなみに何を扱っておられるんですか?」

「……食料品や雑貨等。単価の低いものでございますよ」

「なるほど食料。だからウチの狼が反応したんですね。食いしん坊ですから」

「ははは、狼を使役するとは珍しいですね。名をお聞きしましても?」

「いえ。名乗るほどの者ではありません」

 取り留めのない会話が続く。屈強な男が戻ってくるので、トールは急いで手錠に繋がれているフリをすると「大声を出すなよ」と凄まれてしまった。

「ここを交易路とするのはおかしいが、詮索はしません。俺も死にたくは無いので」

「おや、意外と賢いですな。では互いに何も無かったということで」

「ええ」

 幌馬車から男が離れようとする。だが、男のポケットの中に鍵があることをシーラは知っている。ならば──

「わぁああ────!」

 トールは勢いよく飛び出し、油断した男の剣を奪って斬りつける。

 だが非力で剣術の巧緻も感じさせない一撃は、男の背中を薄く斬るに留まった。

「っ痛えッッ!」

 シャツを赤く染めた男が怯む。シーラは急いでポケットに入った鍵束を奪い取るが、憤怒の表情をした男に殴りつけられた。

「がふぅっ‼」

 背中から地面に叩きつけられ、衝撃で肺腑の空気がすべて抜ける。薄くなりそうな意識に活を入れて鍵束を持っているか確かめると──確かに左手には鍵束があった。

「テメエ、殺されてえのかッ‼」

 痛みで動けなくなればと思った。だけど男は地面に落ちた剣を拾い、こちらを憎々しげに睨みつけている。

 力を振り絞って立つ。今逃げれば自分だけは逃げられるかもしれない。だけどそうなるとシーラはもっと酷い目にあう。

「奴隷商か、貴様らは」

 灰色髪の男が鋭い目で男たちを睨みつけている。

「文句でもあるんですかねぇ。奴隷商がお嫌いとでも言うつもりですかい?」

「エルフ……オルウェ王国で得た戦利品か。こんな道を通るのだから正規の奴隷商では無いな。北方でキルロイ傭兵団あたりと交渉して買い付けたってところかな」

「ご明察。一つだけ言っておくが義憤で動こうなんて思わないほうがいいですよ。互いにただじゃあすみやせん。見逃すのが無難ってもんです」

「一つ聞くが、その子の家族はどうした?」

「さあ、こっちも商売ですから。売れない年増のエルフなんて気にしませんねえ」

「そうか。普通は気にすると思うがな」

 奴隷商たちは嗤っていた。弓を持っているので戦闘の利があると思っているのだろう。だけど──灰色髪の男は見慣れない武器を胸元から取り出した。

「銃……? 何で、そんな高級品を……?」

 奴隷商が額から汗を流しながら後ずさった。

 銃──話に聞いたことがある。ドワーフが造る工業品で、鉄の筒から火薬の力で弾を飛ばす武器だと。なぜあの人は持っているのだろうか?

「銃、違うな。これは魔導銃という。世俗の者では知らなかったかな?」

 灰色髪の男が片手持ちの銃を構える。油断ない立ち姿は歴戦の勇士のようだ。

「降伏しろ。俺の指先一つで、貴様らを肉塊に変えられるんだぞ?」

 銃の先端部に光を帯びた魔法陣が現れる。神々しい輝きは神話の魔術のようで、トールは思わず息を呑む。

(こんな辺鄙な所で、すごい力を持ったヒュームがいるなんて……)

 トールはこの人なら助けてくれるかも──という淡い期待をつい抱いてしまった。

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