第13話 姉妹①

 鉄の手錠が疎ましいと、エルフの少女──トールは幌馬車の中で思った。

 隣では双子の妹であるシーラが不安げにこちらを見つめている。姉としてすべき事。それは勿論、奴隷商人たちから妹のシーラを逃げさせることだ。

「だいじょぶだよシーラ。あたしが何とかするからさ」

 トールはシーラを安心させるため、優しい小声で語りかける。

「逃げようなんて思わないで。殺されちゃうよ……お姉ちゃん……」

 シーラも二人の奴隷商に聞こえないようにひそひそと喋る。

 二人の故郷であるオルウェ王国が戦火に包まれ、住んでいた村も傭兵に襲われた。若いエルフは戦利品と格好の的だったのだろう。

 もちろん、何の才も無い平民である姉妹の末路はトール自身がよく知っている。話を聞く限りでは双子のエルフを所望している貴族が居るらしいのだ。どういった扱いかは聞くまでもない。

(馬を操ってる方を何とかして……けどもう一人は強そうだし。護衛なのかなあ。お父さんより……強いのかな……?)

 トールは頭の中で算段をつけるが上手くいかない。手錠が外れても大人の膂力には敵わないし、魔術なんて使えない。二人は只の村娘でしかないからだ。

 床に傷をつけて日数はずっと数えていた。村を出てから三十八日目。故郷から南西のオルザグ山脈に沿うようにして、ずっと人通りが少ない場所を通っていた。

 途中からはヒュームしか見ていないから、恐らくヒュームの国を通っているのだろう。同族に助けを求めることは難しい。

 トールと同じように連れられていた村の仲間は〝ヒュームの都市〟の近くを通る度に減っていった。今ではトールとシーラの二人のみで、奴隷商が言うには「商品価値が高いからな、お前らは」との事だった。

 確かにトールは思う。シーラには価値があると。長くてきれいな金髪はサラサラとしているし、ブルーの瞳は宝石のようだ。まだ十四歳なのに料理も上手で、気立てがすごく良い。姉として誇らしい──自慢の妹なのである。

 反面、自分はガサツで女奴隷としての価値は無い。

 男の子みたいだと揶揄されることも、真っ赤な瞳がシーラと対照的だとからかわれる事も多々あったが、それはいいのだ。女の子っぽいことは妹に任せればいいと、平和な村で過ごしていた時はそう考えていた。

「おい、ここからは飛ばすぞ。ヤベえ場所だ」

 弱そうな方の奴隷商が乱暴に言うと、隣の屈強な男も頷く。

 今は南の何処かにある草原地方。なんでも魔物が異常に強く、数も多い地帯らしい。何でここを通るのかと思えば──多分、この人達が悪党たちだからだろう。

「王国兵に見つかるなよ」

「分かってるって。ヘマはしないさ。何年やってると思ってんだよ」

「妥協してレアールに戻るか? 自治領行きはシンドいぞ」

「自治領だと値段が五倍になるんだよ。ここらでビシっと稼いで、二年ほど南でゆっくりしようや」

「そりゃそうだな。おい、エルフ。何見てんだよ」

 屈強な男が姉妹の方をじろりと見ると、シーラの体がビクリと震えた。

「そんなに俺が気になるなら使ってやろうか? 子供は趣味じゃねえけどな」

「別にいいけど。お前の取り分はなしな」

「冗談だって」

 冗談と言うよりは、こちらの反応を見て楽しんでいるようだった。トールも子供らしく怯えるふりをしつつ、反撃の機会を待つ。



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