第71話 剣の怪③

 みつるは全身全霊をもって放った技の反動で意識を失いかけていた。


 ──MP切れって、こんな状態になるんだな。


 朦朧とした頭でそんな事を考える。とにかくめまいが酷く、ふわふわと足元が定まらない感覚だけが残っていた。

 定まらない思考を動員し、手探りで腰のポーチからMPポーションを取り出す。

 それを一気にあおると、少しだけ集中力が増し、活力が戻る気がした。麻薬とか煙草を吸った時ってこういう感覚なんだろうか? そんな事を一瞬考えてかぶりを振り、意識をはっきりさせる。

 そうしてようやく敵の存在を確認した。手応えは確かにあったし、眼前に敵の影は無い。


 だが


 おぎゃぁ おぎゃぁ


 それ・・は上空から聞こえてきた。慌てて上を見ると、先程まで死闘を繰り広げていた、名状しがたき剣が血走った眼球から涙を流して宙に浮いている。


(畜生っ、仕留め損なったか!)


 しかし、その名状しがたき剣は少なからずダメージを負っているようだった。眼球から流れる涙と共に、刀身や柄にヒビが入り、そこから赤黒い液体が漏れ出ている。

 そしてその場から逃げるように、上空を飛び去っていった。


「待ちやがれっ!」


 光は残った気力体力を総動員して、その後を追った。もしかしたら、この一件に関わるモノが何か分かるかもしれない。そう考えて。


 暗がりを飛行する剣を追うのは困難を極めた。跡に残された赤黒い体液にも似たモノを頼りに辛うじて追跡する。

 相手もダメージを受けて力が無くなってきたのか、速度がどんどん落ちていく感じがした。

 これなら追いつける。光も青息吐息になりながらも必死に足を動かして駆け抜けて行った。途中道行く人々が何事かと視線を向けてくるが、それに構うだけの余裕も無い。

 

 やがて追いつこうかと思えたその時、不意に敵の姿が消えた。


(どこだ、どこに行った!?)


 光は慌てて目をこらし、体液の跡を探す。暗がりでよく見えなかったが、それでも僅かな痕跡を発見し、それを手掛かりに追っていった。

 すると遠くから、赤ん坊の泣く声がする。


 おぎゃぁ おぎゃぁ


 光は脳に響くようなその泣き声を頼りに、刀の柄に手をかけ慎重に足取りを進めていく。

 やがてその泣き声が小さくなり、消え去ったと思ったが、得体の知れない殺気というか狂気にも似た感覚は強まるばかりであった。

 光はいつでも抜刀出来るように構えながら歩みを進める。

 そして気配が強くなったと思った路地裏の角を、神経を尖らせながら歩いていたら──


「きゃ……っ」


 赤ん坊を抱いた、若いドワーフの女性の姿があるだけだった。

 授乳の最中だったのか、服をはだけてその豊かな胸をさらし、赤ん坊に乳首を含ませている。

 臨戦態勢の光を見て脅えたのか、赤ん坊を抱きしめてガタガタと声も出さずに震えている。


「……あ、すみません。驚かすつもりは無かったんですが」


 光は臨戦態勢を解くと、脅えさせないように両手を挙げた。


「あの、ところで妙な事聞きますけど、なんか剣みたいなものこっちに飛んで来ませんでした?」


 ドワーフの女性……というか少女は幼い顔に僅かに恐怖の色を乗せて、光の問いにとある方向を指さして「あっちに」とか細い声で答える。

 見れば確かにあの剣が撒き散らかした体液のようなモノが続いている。


「ありがとうございました。この辺は危険ですから安全な所に」


 そう告げて、慌てて光は去って行った。剣を追うと同時に、未だ豊かな乳房をさらけ出している少女の胸に視線を合わせられなかったからだ。


 だから気がつけなかった。


 光を見送るそのドワーフの少女が、三日月の様な妖しい笑みを浮かべていることに。



※※※※※※



「……どういうことだよ、こりゃ」


 光は剣を追って辿り着いた場所で唖然としていた。

 無理も無い。そこは神殿の裏口・・・・・だったからだ。体液はそこでパッタリと途絶えていた。

 一体どういう事なのかと考えてみるが、思考能力が落ちた頭では答えは出ない。


 ──そうだ。他のみんなは? 


 急に心配になってスマホを取り出し、真琴に連絡を取る。

 僅かな時間であっただろうが、光には随分長い時間が経った気がした。

 そうしてようやく真琴の声が聞こえる。


「もしもし? どうしたの、先輩」


 意外にも呑気そうな声に、光は安堵のため息を押さえられなかった。


「真琴、無事かっ?」

「無事って……先輩何かあったの?」

「……ワケの分からんモンに襲われた」


 電話口から真琴が息を飲む気配がする。


「とにかくこっちは何とか大丈夫だ。真琴の方も何もなかったんだな?」

「こっちは大丈夫だけど……エルは?」

「それは今から俺が確認してくる。お前らは……」

「あたし達も行く!」


 何故か「駄目だ」と言いそうになったが、考えて見れば戦力は集中しておいた方が良いと思えた。


「分かった。道中気をつけてな」

「先輩もね」


 それだけいうと、お互い電話を切って、エルレインの元に駆け出す。


「無事でいてくれよ。エルレイン」


 光は祈るような気持ちで元来た道を駆け抜けていくのであった。

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破壊神にされたけど世界を滅ぼすのが面倒なので嫁とスローライフを始めます。 古武智典 @taketom

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