第70話 剣の怪②

 その剣は異常な形状をしていた。


 まず刀身が根元から二股に分かれ、それぞれ螺旋を描くような造りになっている。そして分かたれた二股の刀身は切っ先で再び一つとなり、鋭く鋭利な輝きを放っていた。

 そして柄には一つの宝玉と思わしき球状の装飾が施されている。

 その装飾がぐるりと回転したかと思うと、血走った眼球となってみつるをねめつけた。まるで怨敵を狙うかのように。


 光にしてもただでやられてやる義理は無い。その名状しがたき剣から放たれる圧を気合いでかわす。そして先手必勝とばかりサムライ武技アーツ『縮地』を使って突進して行った。

 狙うはあからさまに弱点と思しき眼球の部分。

 光が動いたかと思うと、遅れて轟っと音が鳴り響く。明らかに音速を超えた攻撃に敵は為す術も無い。


 そのはず、だった。


 だが、その眼球が妖しい輝きを放ったかと思うと紅色の障壁が発生して、寸前で光得意の突き技を阻んでいる。


(『聖盾プロテクション』っ!?)


 光は一瞬真琴が使う防御魔法を思い出していたが、あの魔法のエフェクトは美しい青い輝きであって、間違ってもこんな禍々しい輝きでは無い。


 光は驚くと同時に瞬時に距離を取った。

 突き技は放った後の隙が大きい。言い換えれば一撃必殺の技で無くてはならない。

 何より渾身の一撃を防ぐ強度の障壁なら、下手な連続技を放っても防がれる可能性が高かったのだ。

 さてどうするかと考えていた時、剣に異変が起きた。

 切っ先が二つに分かれ、螺旋を描いていた左右の刀身がまるで時を遡るように真っ直ぐな物に変化していく。その形を例えるなら音叉に似ていた。

 そしてその刀身が震え、赤ん坊の泣き声の様な叫びを放つ。


 おぎゃぁ おぎゃぁ


 その泣き声に、光の脳は激しい衝撃を受けた。


 怒り 絶望 苛立ち 悲哀 恐怖


 様々な負の感情がいっぺんに押し寄せて、狂気に陥りかける。


 おぎゃぁ おぎゃぁ


 剣はなおも泣き叫び、光を狂気に落とし込んでいく。光は何もかも投げ出し、泣き喚きたい衝動に駆られそうになるが、僅かに残った理性がそれを阻んでくれた。

 僅かに残った理性を支えに、光は刀を大上段に構える。

 

「あ……あああああっ!!」


 そして剣先にありったけの気力を込めて振り下ろした。

 切っ先が輝きそこから輝く刃が放たれる。放たれた輝く刃は、剣が放つ泣き声すら断ち切って剣に炸裂した。


 ぎゃぁあああああっ!!


 この世の物とも思えない叫び声を上げて、剣は怯む。それと同時に光を責め苛んでいた狂気が霧のように晴れ、徐々に冷静さを取り戻していった。どっと冷や汗が出る。

 なるほど、あの音叉の様な形態では聖盾もどきの障壁を張ることは出来ないらしい。

 それが証拠というわけでは無いだろうが、例の剣は再び刀身を螺旋状に戻し、その切っ先を合わせて一本の剣となる。


 そして剣はまるで人が構えているかのように切っ先を光に向け、襲いかかってきた。

 普通に考えればこんな捻れた刀身、当たれば打撲になるか、切れ味が良ければ肉をえぐるかのどちらかでしか無い。

 そして螺旋状のその刃は見るからに鋭利な輝きを放っており、肉を抉り斬るという剣呑な代物と見て間違いなかった。


 光は青眼に村正を構え、その斬撃を受けにかかる。

 だが、敵の攻撃は軌道が滅茶苦茶だった。まるで小さな子が癇癪をおこして棒きれを振り回しているのと大差ない。

 ただたまに予想外の軌道で襲いかかって来るので油断は出来なかった。

 全神経を眉間に集中させて敵の攻撃の軌道を見極める。

 そして光は受け流す度、したたかに剣を打ち払った。刃鋼はがね刃鋼はがねが打ち合う火花が両者の間に咲き乱れる。


 幾合いくごうの打ち合いを経たのか分からないまま、時だけが過ぎていった。

 流石の光も疲労の色が濃くなっていく。どういうからくりか分からないが、剣はそれ自体が意志を持っているように感じられた。

 それは太刀筋からもわかる。確かに意表を突く攻撃をすることもあるが、基本的に素人臭いのだ。ただただ太刀筋の鋭さと手数で押しているに過ぎない。冷静になれば対処は可能だった。

 だがスタミナが違う。敵の剣は衰えると言うことを知らず襲いかかってくる。まるで無尽蔵とも言える子供の体力の遊びに付き合わされているようなものだ。

 無邪気に、無茶苦茶に、際限なく襲いかかって来る剣撃けんげきに、次第に対処しきれなくなってくる。


 光はここで勝負に出ることにした。


 一旦距離を取り呼吸を整える。

 そうして意識を額から脳天、そして背骨を経由してヘソの下、丹田たんでんに送り、練り上げた『気』を刀に送り込んだ。

 すると刀身がほのかに輝き始め、獅子が威嚇するように唸りを上げる。


 剣は危機を察知したのか、再び血走った目を開き紅の障壁を展開した。


 だが


「もう遅ぇえええ!!」


 光が吠えた。


「『殺戮のキリング咆哮ハウル』っ!!」


 光の文字通り全身全霊をもって放つ大技。これを耐えられたらもう後が無いと言うほどの威力を持った、文字通りの最後の技だった。

 

 振り下ろされた光の村正から、怒濤のような輝きと、獅子のような咆哮が剣に向かって襲いかかる。

 剣は紅の障壁でそれに耐えるが、その輝きに亀裂が入った。その亀裂は徐々に広がりやがて砕け散る。

 光が放った輝く咆哮は、剣を丸ごと飲み込み、大地にその傷痕を生々しく残して駆け抜けていった。


 そして輝きが通り過ぎた後には、何も残ってはいなかった。

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