私、ロボット向いてない?
結論から言えば、僕は締め切りに間に合った。
暴走したナナちゃんがファミレスから外にぶっ飛んでいった時、脳裏に画期的なアイディアが閃いたのだ。まるでそれは、スパークのように瞬いて、それまで燻っていた僕の脳を動かした。
そうだ、四股までやったなら、突き抜けて5人目のヒロインを登場させればいいのではないか、と。
とっくに主人公はSNSで粉かけ野郎の汚名を拝領してしまっている。これを払拭することはできない。四股したのは事実。変えることも、言い訳することもできない。それならば、いっそ開き直って、全員その無償の愛で包み込んでしまえばいい。
そこからは早かった。
その場でネームを仕上げ、駐車場に転がって煙を吹きながら緊急停止しているナナちゃんを横目に全速力で部屋へと戻り、下書き―――墨入れ――――…
そして、何とか時間ギリギリに入稿することができた。
入稿完了の返信メールが来た頃、空が白んできて、微かな光が目に染みる。
3日間ロクに寝ていない僕は、死んだように机の上に伏している、アシスタントのなっちゃんに毛布をかけてあげて、ゾンビのように部屋を出た。
3日間ロクに食べていない僕は、そろそろ何かお腹に納めないと機能停止してしまうだろう…。
心は全てをやり遂げて晴れやか。だけど身体はエネルギーが枯渇し、重度の疲労と肩こりと腰痛で死にそうだった。
それでも、それでも今日は、会いに行かねばならない人がいる。
一言、礼を言わなければならない人がいた。
『いらっしゃいませ~! こちらのお席へどうぞですの!』
「イツキちゃん、今日も可愛いね」
『えへへ、ありがとうございますですの!』
まだ早朝なので、席はガラガラだった。
丁度入り口の清掃をしていたイツキちゃんに案内されて、いつもの席に落ち着いた。
チラリと店の奥を見る。
そこには、もう充電プレートはない。
「イツキちゃん、ナナちゃんは?」
『え、ナナちゃんですの?』
イツキちゃんは、ふーん、と下唇に人差し指の先を当てて、小悪魔的な笑みを浮かべた。
『お客様は、あのドラム缶型のボディがお気に入りですの?』
「いや、断然人型の方がいいですね」
『正直な方は大好きですの』
そう、僕は下半身の欲望に正直に生きている。
『そんなお客様にはちょっとサービスして――』
『イツキちゃん…?』
『うげ…ですの…』
いつの間にか、音もなくムツキちゃんがイツキちゃんの背後に立っていた。その細腕(とはいえ中身は無重力合金製だ)をイツキちゃんの首に回してる。
『は、話せば分かり合えるですの…』
『なら、ちょっとあっちでお話するウサ』
『あ、ああぁぁぁ…』
イツキちゃんはムツキちゃんに引きずられていった。
バックヤードで何が行われているかは、想像しないようにしよう。
僕が両目を閉じて、イツキちゃんの行く末にささやかな祈りを捧げていると、ゴトッ! と乱暴にテーブルに水が置かれる。あれ、この店って、水はセルフじゃなかったっけ?
見れば、ムッとした表情の見知らぬ給仕ロボが僕の傍にいた。やけに背が低くて、胸とお尻の装備が貧弱で、猫耳がついている。見つめていると、ピコピコと視線を振り払うように耳が揺れた。
「思ったより悪くないね、新しいボディは」
『うるせーにゃ! さっさと注文を言えにゃ!』
シャー!と、歯をむき出してお尻の尻尾型感情表現補助デバイスをピンっと立てるのは、確かにナナちゃんのようだった。でも、やっぱりそれは、僕のよく知るナナちゃんとは違う。誰にでも無償で素敵な笑顔を振り撒いて、人気ランキング最上位を狙っていたナナちゃんとは、姿形だけじゃなく、その”心”が違うように見えた。
「キャラ変えました?」
『トップに立てねーとわかって、頑張るのをやめただけにゃ』
つまり、これが彼女の素だということか。
『手と足と頭がついてるだけでも、ドラム缶よりはマシだからにゃ…』
にぎにぎと、換装したてのボディを確認するように、ナナちゃんは小さな掌を握ったり伸ばしたりしてみせる。
『程々に、てめーらの面倒を見てやることにしたにゃ』
「そっか。ねぇ、ナナちゃん」
『なんにゃ?』
「やっぱりナナちゃんは、ロボット向いてないよ」
『はぁ?』
ナナちゃんは眉を潜めて、目も半眼になる。両手を腰に当てて、お前は何を言ってるんだと全身で表現していた。
『わけのわかんねーこと言ってねーで、さっさと注文するにゃ。それとも、またコーヒーで4時間粘るの気かにゃ?』
「いや―――」
そこで僕は、それまでこの店で、コーヒーとケーキセット以外、料理を頼んだことがない事に気づいた。
「それじゃ、ナナちゃんのおすすめで」
『………』
僕の注文に、ナナちゃんが呆れたように首を振る。
彼女が僕をヘルススキャンしていたのは分かってる。その瞳がチラチラと瞬いていたから。おそらく、僕のAR端末に付属する健康チェック機能からもデータを吸い上げたに違いない。
面倒見の良い彼女なら、栄養不足の僕に最適な料理を選んでくれることだろう。
ひょっとして、セルフであるはずのこの水も、僕が水分不足だからと持ってきてくれたのかもしれない。
『注文完了。それでは、少々お待ち下さいにゃ。お客様』
どこか諦めた様子で、ナナちゃんは踵を返す。そして、店の奥へ、のっしのっしと歩いてく―――
しかしその途中、朝日差す窓辺に立ち止まり、彼女は確かに呟いた。
「私、ロボット向いてない?」
誰に向けたわけでなく、自問自答するように。
僕は黙って、ARタブレットを起動した。
彼女へのお礼は、リニューアル記念のファンアートで良いだろう。
願わくば、真の彼女が、多くの人に愛されるように。
私、ロボット向いてない? ささがせ @sasagase
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