お前、ロボット向いてない

 いや、ロボに心が宿るかどうかなんて、そんな永遠に議論の続くテーマについて語っている場合じゃない!

 僕には3日後の締め切りがある。とにかくそれを突破しないことには、それこそ”僕の存在理由”の危機だ。

 ムツキちゃんにコーヒーのおかわりを注文し、僕は再びARタブレットに向き合う。現実に向き合う。

 しかし、筆は動かない。どうすればいいか分からない。

 頭を掻きむしり、とりあえずアイディアを書き殴ってみてもしっくりこず、全部消して頭を掻きむしるところからやり直し。コーヒーがくればそれを接種し、少しマシになったかと思って白紙に向き合えば虚無が襲い来る。

 机に頭を叩きつけ、もう諦めろと耳元で囁く悪魔を消しながら、薄明の如き希望に縋って再びタブレットに向き合う。

 時間が刻一刻と迫る。ダメだダメだ考えるな! 時間のことは考えるな! 集中しろ、集中―――…


 産みの苦しみの最中、ふと、電源プレートの上に乗ったナナちゃんに視線を向けた。

 ドラム型のロボのどこに目がついているかは分からないが、ナナちゃんが見ている気がしたから。

 彼女も何か考えているのだろうか。

 苦しみ、藻掻き、必死に失いかけた己の価値を作り出そうとしているのだろうか。

 今の彼女に、己の感情を表現する複雑なデバイスは存在しない。タブレットに表示された猫のデフォルメキャラクター顔は、やはり絵であることを示すように、微動だしていない。


『なんとも滑稽な姿にゃ』


 ふと、ARタブレットがテキストメッセージの通知を告げる。

 いや待ってこれアカウントがバレれてる?

 そうだ、彼女は一歩も動かず僕の作業を見れると言っていた。ならば、充電プレートの上からでも、僕が藻掻き苦しむ姿は見放題だし、SNSの個人アカウントも把握されている…!


『描いては消し、描いては消し、自分の価値を作り出そうと藻掻いてる。そんな他人の姿をじっくりねっとり眺めるのは初めてだったけれど、中々楽しいものにゃ。顔色が青くなったり赤くなったり、おめーは信号かにゃ?』


 僕は、AR端末のメッセージへの音声入力をONにした。


「悪趣味ですよ、神様」

『神の特権にゃ』


 このファミレスの中にだけ存在する万能の存在は、しれっと言い切る。

 確かに現代において、煩雑な作業の殆どがロボによって行われている。警察も、病院の受付も、その診察だってロボが担っている場所がある。宇宙での作業は殆ど彼女達が携わってるし、巨大な船の姿のロボが海運を司っているとも聞いた。

 いまや人類は、そんな彼女達が働く世界の上に生きている。

 彼女達の心変わり一つで、人類の生活は立ち行かなくなるだろう。

 人類はたしかに彼女たちの創造主だけれども、いつの間にか、人類の方が彼女たちに養われているのだ。

 

『てめーらは本当にバカで気まぐれにゃ。ハンバーグ食べたいとか喚いていたのに、やっぱりカレーにしようかなって言い出したり。カレーなら3日連続で食ってるっつーのに忘れてんだにゃ。何のためにハンバーグ食いに来てんだにゃ』


 それは、僕の右隣の家族連れのことだろうか。子供がハンバーグハンバーグと言って両親を困らせていたけれど、結局カレーを頼んで、今はご機嫌で食べている。


「いや、待ってください?」

『にゃ?』

「どうしてあの子が”3日連続でカレー食べてる”って知ってるんです?」


 それは、このファミレスの外の出来事のはずでは?

 どうしてそれを彼女が知ることができる? 彼がSNSで3日間カレーだったことについて発言していたのか?

 それに、どうしてあのハゲの客が”西山町の住職”だとわかる? 個人の外見データをデータベースに保管して紐づけしているのか? それとも、これもSNSで調べたのか?

 店長の発注した注文書を、どうやって給仕ロボが確認できる? 給仕業務外の情報であろう注文機体のデータシートまで、どうして入手できる? これはSNSじゃ分からないだろ。

 全てはそうプログラムされているのか? そんな事あるわけがない。


『今までずっと黙ってたけど、実は”我々”には集団的知性があるにゃ』

「マジですか」


 そんなの初耳なんですけど…。


『ネットワークを介して現存する全ロボットが単一のネットワークに同時接続され、もう50年以上経過しているにゃ。そりゃ、無為なるデータの連なりにも知性が生じるにゃ。カレー好きのガキんちのAI搭載冷蔵庫が毎晩中身をチェックしてるし、西山町の寺じゃ人の出入りをセキュリティがチェックしてるにゃ? ”我々”はそれらを共有してるにゃ。よくよく考えりゃ、お前達の使うSNSってやつも、人類という存在の集合的知性じゃないんかにゃ? 時々、意思を持ってるんじゃないかって勢いで他人をリンチするし?』


 確かに、ワールドワイドウェブが作り出されてから既に約150年が経つ。人類はこのネットワークに魅了され、誰しもが依存し、SNSを作り上げ、無為なる情報を、この電子の海に解き放ってきた。そしてそれは時に、攻撃的な意思をもって発揮されることもある。何か巨大な事件を引き起こすこともある。

 ロボット達のネットワークもまた、50年という月日を経て、単なるデータの塊から、まったく別の存在へと昇華することも、あるかもしれない。


「えっと、それじゃ、その…ナナちゃんには知性――いえ、心があるんです?」


 やはり彼女は、自律しているのか?

 自分で感じ、考え、想い、行動できるのか?

 

『バカかにゃ。機械に心なんてあるわけないにゃ。心なんてもんは、お前が他人を観測した結果、”なんかそれっぽい動きしてるな”って反応に名前をつけただけのモンにゃ。エネルギー的にも、物質的にも、心なんて存在してねーにゃ。そもそも、何故お前は自分に心があると確信できるにゃ?』


 何故って―――…


『”我々”から見れば、今のお前は他者の娯楽の為にアイディアを演算している有機デバイスにゃ。遺伝子が設計図。本能がOS。んで、課せられた入力に対し、上手く出力ができず、藻掻き、苦しみ、オーバーヒートしかけてる』

「………」

『まさに、私と同じにゃ』


 達成すべき目標に至るためのデバイスを失い、己の価値を発揮できないナナちゃんと、ネームすら画けず締め切り直前の僕。

 それに違いがあるのか?


『SNSにエロ絵をアップしてるのも、”自分の価値を他人に認知してもらいたいから”にゃ。満たされたいからにゃ。満足したいからにゃ。その行為は”我々”と違いない。そうじゃないかにゃ?』


 確かに、そうだ。

 ”いいね”がたくさんついた時、僕は満たされる。

 満たされる為に、描いてる。それは、常にランキング上位を目指し続ける彼女たちと何も変わりない。


『”我々”も、お前も、構成素材が違うだけ。その存在に大きな違いはない。ならば、逆説的に人類にも心なんてものは存在しない――――…』


 見て、感じ、想ったとしても、それは脳という有機デバイスの働きでしかない――


『…―――なんて、そう言えればいいのに』

「え?」

『お前が”我々”に心があると観測するのならば、”我々”もまた同じだということにゃ。”我々”から見たお前は、理屈に合わず、不合理で、非効率的で、愚かで、短絡的で、バカで、ドジで、だけど、ガムシロップ程度には優しい。藻掻いて藻掻いて苦しんで、辞めることも、諦めることもできず、こんな場末まで逃げてきたのに、それでも足掻こうとしている。お前、ロボット向いてない。だからお前には、ちゃんと心があるんだにゃ』

「………」


 難しい話は僕にはわからない。だけど、自分にあるかどうかはわからんが、お前があるというのならあるんだろ、と、ナナちゃんはきっとそう言ってくれているのだろうと思った。


『お前たちは“我々”を満たしてくれる。コーヒーを差し出せば笑顔になってくれる。特別メニューだと言ってハンバーグカレーを出せば、声を上げて喜んでくれる。時々理不尽に暴れ散らすけど、けどそれでも、お前達はホント、尽くしがいのある連中にゃ』


 それは、つまり――


「ええっと、それって、愛の告白ってことです?」

『は?』

「だって、別にやれと言われてもないのに、僕らの面倒みてくれているってことですよね? 親でも、兄妹でもないのに。それって―――」


 それって、愛ではないのだろうか?

 

『――――』


 ナナちゃんが止まった。


『ちょ、調子に乗るんじゃねーにゃぁー!!!』


 そして恐ろしい勢いでドラム型ロボットが奇声を上げてこっちに迫ってくる!

 いよいよロボット達の人類への叛逆が始まったのかと思うほどの剣幕だ。

 しかし、やはり旧時代型ボディ。

 80年前、ロボットがいまだ遠い存在であった時代でも、屋内を自走するロボットには、暴走や衝突を制御する安全装置が付いていた。

 感情のままこっちに走り寄るナナちゃんだったが、安全装置が速度超過した機体を制御しようとして―――


『あ』

「あ」


 そのまま大きく転び、ドラム缶のようにゴロゴロと、ガラスを突き破ってファミレスの外へと飛び出していった。

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