ロボ舐めんじゃねぇにゃ!
『やっぱり、この世界を滅ぼすしか…』
ついに憎悪のあまり世界すら呪い始めた…。
流石にこれは人類代表として行動を起こさざる得ないので、僕は手を上げてムツキちゃんを呼んだ。
『はいウサ~』
「ムツキちゃん、ナナちゃんが…」
『あー…』
ムツキちゃんは白いうさ耳をピコピコ振って、ドラム型ボディのナナちゃんを撫でた。
『ナナちゃん、中古ボディになっても真のファンなら、きっとナナちゃんを愛してくれますよ』
『ほんとにゃ…?』
『ええ、ほら、見てください。あちらにナナちゃんファンの西山町の住職さんが――』
ああ、いつも見かけるハゲの人。
「むほ~! イツキちゃーん、今日も綺麗じゃの~」
『まぁ、住職サマったら、お世辞が上手いんですの』
5号機、うさ耳型給仕ロボ、イツキちゃん。
ムツキちゃんの姉妹機で、うさ耳だけど語尾がウサじゃないほうだ。
顔立ちは同じなのだけれど、最近胸元が際どい衣装にアップグレードして人気順位がグングン上がっている。
「イツキちゃん、お箸を落としてしまったんじゃ~。拾ってもらえんかの~? ちょっと最近腰が痛くての~」
『まぁ、それは大変ですの! イツキが拾って差し上げますですの』
と、無防備に屈むイツキちゃん。おい、ハゲ。おい。腰が弱かったんじゃないのか? なんか無理な角度に身体を曲げて、イツキちゃんの胸元覗くのはやめろ!
というか、そういうことか…! こうやって追い上げしてるんだなイツキちゃん…!
『………イツキ、貴方、そこまでして――』
『―――今こそ心の闇を開放する時にゃ、ムツキ』
ムツキちゃんが闇に堕ちかけてる…!?
確かに最近順位負けがちだけど!
「落ち着いて、落ち着いて!」
『だって、だって、私…キャラが薄いって店長に言われて、頑張って語尾をつけてるのに…!』
あれやっぱりキャラ付けだったんだ…!
甲斐甲斐しい努力を見てしまった…。
「ムツキちゃんはそのままでも十分可愛いよ」
『ほ、ホントですか…? お客様は、ずっとずっと私のファンでいてくださいますか?』
「う、うん…」
何故か底しれぬ圧を感じるが、ここは頷いておかないと余計に面倒なことになりそうだ…。我ながら意思の弱さに辟易するが、ムツキちゃんが可愛いのは間違いないので、ここは大人しく下半身の意見に従おう…。
『ふふ。ふふふ…。約束ですよ?』
本当に大丈夫か…?
『はー! やってられんにゃー! どいつもこいつも人間どもはおっぱいだの尻だの、結局そういうのがいいんだにゃー! けっ!』
けっ! とか言うな、ナナちゃん。っていうか、君もドラム型になる前はそうやって人気稼いでたでしょうが。
結局のところ、そうやって人気を稼いでいた奴がいなくなったので、イツキちゃんが後釜に座ったということなんだろう。
『ナナちゃん、そう腐らないでください。3日後には、新しいボディが届くらしいですよ?』
『知ってるにゃ。店長の注文書は確認したにゃ。ネコ耳型給仕ロボ子猫版―――大破した前タイプの、価格低減、マイナー版の機体にゃ! 経費削減にゃ!!』
ナナちゃんのタブレットがデータシートを表示する。
ああ、なるほど、こういうタイプもあるんだな…。マイナー版という評価通り、前回の機体に比べると、全高はかなり低いし、胸部やら下半身後部やらの”装備”が大幅削減されている。
「まぁ、これはこれで一部に需要はありそうな気がするけど…」
『あ”ぁ”ッ!?』
本音を思わず口にするが、ナナちゃんはお怒りになった。
『そんなニッチな人気要らないんだにゃ! 私は! トップに立つ為に生まれて来たのにゃ! あのボディも専用で、クソ愚かな人間どもの心を虜にするための物だったにゃ! そのために色々可愛い仕草の練習もしたし、てめーら人間の吐き気のする性的嗜好も学習したにゃ! それなのに、それなのに…! たった1つの不幸のせいで、今度は汎用量産型にランクダウンにゃ!』
「ナナちゃん…」
『てめーらには、私の気持ちなんてわかんないにゃ! ドリンクサーバーにはドリンクサーバーの、レジにはレジの意地があるんだにゃ! トップオブトップを取るために生まれてきた私の気持ちなんて、理解できるはずがないッ!』
彼女たち給仕ロボは、人気を得るために、常にバージョンアップを繰り返して生まれてくる。だから、その最新型であるナナちゃんは、姉妹達を押し退け、トップを取るために生まれてきたはずだ。
だが、それは夢破れてしまった。
頂点を得るための機体は大破し、いまや、旧時代のドラム型の姿だ。おまけに、この先には汎用量産型ボディに換装される未来が待ち受けている。
このままでは、彼女はトップに返り咲く事はできない。
己が生まれた理由が、その存在理由が危ぶまれている。
『てめーら人間と違って、こっちは明確な目的があって生まれてきてんだにゃ! ロボ舐めんじゃねぇにゃ!』
激高し、ナナちゃんの機体の下部から、モクモクと白い煙が立ち込める。
どういうわけか、オーバーヒートしているらしい。
『ナナちゃん、ナナちゃん、壊れちゃうから、落ち着いて…』
『はぁー…はぁー……くそ! くそッ!』
汚い言葉で罵りながら、ナナちゃんはゆっくり立ち去る。充電プレートの上へ。
僕とムツキちゃんは、その後姿を黙って見送った。
変なBGMが遠くなっていく。
「なるほど、自暴自棄になってる…」
『はい…』
心も、魂もなくとも、己の存在理由が危ぶまれればそうなるか。それが達せられなくなったとき、その全てが無になるのだから。
僕は、僕はマンガが描けなくなれば無になるだろうか?
締め切りを落としたら、存在理由が消えるのだろうか?
いいや、そうはならない。
しばらく塞ぎ込んでるだろうけれど、また違う理由を見つけて歩き出すだろう。
人間だから。
けど、彼女たちに後はない。たった1つの理由の為に作られたのだから。
『でも、きっとそれだけじゃないと、私は思うんです』
「え?」
ムツキちゃんは僕を見て言った。
『私達、結構この仕事、楽しいんですよ。毎日毎日、皆様の顔を見るのも好きですし、お話するのも大好きです。笑顔でお礼を言われたら、動力用の小型核融合炉と、人工筋肉しか入ってないはずのここが、少しだけ―――満たされた気持ちになります』
彼女はその細い綺麗な指を、胸の上に置いた。
『ナナちゃんはきっと、”もどかしい”んです。満たされなくなってしまったことが』
「………」
それは、そうプログラムされているということなのだろうか…?
ただ可愛いだけだと思っていた彼女達が、僕らに対して何かを感じ、何かを想い、その上で行動してくれているというのなら…―――
―――…それはもう、心なんじゃないのか?
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