つまり、神様なのは客じゃなくて私にゃ
ダメ。
ぜんっぜんダメ。
全くアイディアが浮かんでこない。
僕は机に突っ伏し、あうあうとうめき声を上げながら、必死にストーリーを組み立てようと藻掻いている。だが、だが、浮かんでこない…。どうやってもこの先主人公がヒロインに刺される未来しか見えない…。やはり編集に押し切られて描いた四股デートが良くなかった…!
「うごご…」
呻いていると、また気の抜けたBGMが聞こえてくる。ウィーンウィーンと謎の駆動音を立てながら、骨組みだけのドラム型ロボットが近づいてくる。ドラム型のボディの中に、チーズケーキとコーヒーを載せていた。
『おまたせしましたにゃ♪ 日替わりケーキセットとコーヒーです♫』
「ああ、ありがとうございます、ナナちゃん」
『……』
「……」
『…………』
「…………」
『さっさと受け取れにゃ!』
「えぇ!?」
自分で受け取るの!? せめてテーブルに置いてくれたりするんじゃないの!?
『どこ見てんだにゃ! このボディのどこに手があるにゃ!? お前が自分で受け取ってテーブルに並べるにゃ! ロボだからって何でもできると思ってんじゃねーにゃ!』
「は、はい…。えっと、それじゃ失礼して…」
いそいそとドラム型ボディに載せられたケーキとコーヒーを受け取る。
『………』
「………」
『………』
「………あの、受け取りました、けど…」
『ならタブレットのタッチパネルを押すにゃ! お前の眼は節穴にゃ!?』
見れば、物理タブレットの画面には、『お受け取りになったら完了のボタンを押してください』と表示されている。受領確認もこっちでやらねばならないようだ…。
『はぁー、これだから我々という至高の文明の利器に慣れきった人類はダメにゃ』
「すいません…」
何故か人類を代表して謝る僕。
『不服そうにゃね~。そもそも、我々がいなきゃ、そのクレジットカードで決済できないし? 料理も出来上がらないし? この店から出ることも入ることもできんにゃ? おまけに空調も我々の管理下にあるにゃ』
「………」
考えてみればその通りだ。
空調を止め、出口を全て封鎖し、全ての加熱機器を起動させられたら、人間の蒸し焼きの完成である。
『つまり、神様なのは客じゃなくて私にゃ。もっと敬い、奉れにゃ。人類』
尊大が過ぎるのでは!?
そもそも、そんな事を企て実行したところで、異常に気づいた警察が来てなんとかしてくれるはず…。
なんとかしてくれるよね…? 警察もいまや大半がロボットだけど…。悪を討ち弱きを助ける正義感はプログラムされているよね…?
いや、今まさに客へ優しく丁寧な給仕をプログラムされてるはずのロボが人類に叛逆の兆しを見せてるんだけどさ。
『ま、精々大人しくコーヒーでも飲んでろにゃ。私も給仕ロボの手前、無益な殺生は好まないにゃ』
そもそも給仕ロボットに他者の生殺与奪を行う機能ないでしょ…。
言いたいことはあったが、ナナちゃんと揉めても仕方がないので、「善処します…」と言って頭を下げる。
『んじゃ、ごゆっくりにゃ~』
ナナちゃんはそう言って、やはり奇っ怪なBGMを垂れ流しながら店の奥へと引っ込んでいった。見れば、店の奥に急造の非接触充電プレートがある。なるほど、あそこに乗ってないとバッテリーが上がっちゃうのか。
とりあえず叛逆の兆しを持つロボの弱点を見つけたので、万が一があっても人類は勝利を掴めそうだ。
未来の展望は明るいが、僕個人の人生の展望は見えない。
だが、たった今やってきたコーヒーを飲み、チーズケーキをお腹に納めれば、何かがきっと、いい方向に変わっていくに違いない。
と、そう信じて3時間が経過した。
「………」
『うわ、お前、まだ居たのかにゃ』
清掃中です、とタブレットに書いてあるナナちゃんがやってくる。掃除機形状のアタッチメントを前面下部に、モップのアタッチメントを後部の足元に装着し、ぐるぐると回転しながら走行していた。
『入店から3時間12分42秒経過してるにゃ…。マジでお前、ケーキセット1つで粘るつもりにゃ…? 恥とかないんかにゃ?』
「そう言われましても…」
アイディアを閃き、ネームを完成させなければ、戻ることなんて出来ない!
なっちゃんに「このゴミ」となじられたくはない!
「いやぁ、その、仕事があまり進まなくて…」
『そもそも、お前、何の仕事してるにゃ?』
「あ、漫画家です」
『はぁー、なるほど。それでなんかエッチな絵を描いてアップしてたにゃ?』
「何で見てるんです!?」
息抜きに、SNSへ投稿しようと描いてた絵を盗み見られてるんですが!?
『店の回線を使って描いて投稿してるんにゃから、普通に見れるにゃ』
いや普通は暗号化とかしてあるんじゃないのかなぁ!?
『そもそもARタブレットは、我々からすれば物理タブレットと変わんないにゃ。しかも、ネットワーク上に展開されたデータを覗き見すれば一歩も動かず見れるにゃ』
「なんだって…!?」
じゃあ今までフォーちゃんをこっそりスケッチしてアップしてたのも把握されていたというのか!? しかもこの店のロボの全員に!?
『はー、熱心なファンとは思ってたけど、漫画家だったのかにゃ。でもあまりセンシティブな絵を本人の許諾なしに制作し、アップロードするのは薦められんにゃ。フォーのやつ、若干引いてたにゃ』
だから最近フォーちゃん、相手してくれないのか!?
『あ、いや、フォーは本店配属になったからこの店に居ないだけにゃ』
「今すぐ本店の方へ伺いますね」
『待てにゃ』
立ち上がろうとした僕をドラム型ロボが遮る。
『お前がフォーのファンアートを描いたせいでフォーの人気が上がって本店に栄転しちまったんだにゃ!』
なんと、そういうことだったのか…。っていうか、ロボの皆、SNSとかチェックしてるんだ…。
『つまり! お前に私のファンアートを描いて貰えれば、私の人気も急上昇にゃ!』
そう…か…? そうかもしれない…。でも…。
「でも、ナナちゃん。ボディが…」
『にゃぁ!? そうだったー!!!』
ナナちゃんは頭を抱えて―――いや、腕がないから抱えることもできず、苦悶の表情を浮かべた画面を表示して、その場で高速回転をしはじめる。
『ギギギギー! あの事故がなければこんな事にはにゃってないのに…!!!』
ガン、ガン、とテーブルに体当たりし始めるナナちゃん。
これは、ムツキさんを呼んだほうがいいか…?
『あのダイナマイトボディだったらファンアート描いて貰って、私も人気急上昇! 本店栄転になってたのに!』
いや、それはどうだろうか…?
フォーちゃんはボディもさることながら、くりくりとした可愛いサファイアの瞳で上目遣いするという必殺技があったからな…。常連は悉くあの技で心を奪われてきた。故の人気最上位だったのだ。
『うぎぎぎ…』
いよいよ故障音なのか歯切りしなのか分からない音を立て始めたナナちゃん。
『どうして…どうして私だけが、こんな目に……』
「ナナちゃん…」
嘆く彼女に、僕は何もしてあげられなかった。
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