私、ロボット向いてない?

ささがせ

お前、今日はコーヒー1杯で何時間粘るつもりにゃ?

 人類は、幾多の苦難を乗り越えて、ついに22世紀を迎えた。

 しかし、何でも叶えてくれる夢の道具の大半は未開発だし、車は空を飛ばないし、時間旅行もまだできない。火星に街はできたけど。

 そして、人間の苦悩の大半も、21世紀から変わっていない。

 例えば、そう…急にスランプに陥ってしまうとか。

 2102年5月28日、締め切りを3日後に控えた僕は、いまだネームすら描き上げられず、机の上で頭を抱え、ひたすら羊の落書きを描き続けていた。

 残り時間は3日。流石に、アシスタントのなっちゃんの視線が痛くなってきて、僕は逃げるように近所のファミリーレストランに向かった。

 

『いらっしゃいませにゃ』


 AR広告がびっしり張り付いた自動ドアを潜ると、いつもの猫耳型給仕ロボではなく―――なんというか、骨だけになったドラム缶のようなロボットが僕を出迎えた。

 申し訳程度にドラム缶の上には物理タブレットがついており、そこに白黒の猫のデフォルメキャラクターの顔が表示されている。


「えーと…、え?」

『なんだ、またお前来たのかにゃ。飽きもせず良く来るにゃ。適当な席にさっさと座れにゃ』

 

 雑ぅ!?

 おまけに見たことのないロボだし!

 いや待て、このボイス…いや、この語尾には聞き覚えがあるぞ…。

 このファミレスで働いていた猫耳型給仕ロボのナナちゃんの声で間違いない。7号機だからナナちゃんなのだ。胸が大きく設計されていて、非常にふくよかなエプロンドレスの膨らみの上に、可愛い手描きのネームプレートがついていたから、よく覚えている。


「えーと、え? ナナちゃん?」


 言われた通り適当な席に腰を下ろしつつ、ドラム缶型ロボットに尋ねた。


『ぁ”ア”?? そんなロボ知りませんけどォ???』


 タブレットの猫の顔が怒りを露わにしている…。

 反応からしてナナちゃんで間違いないようだが…。


『んなことより、さっさと注文するにゃ! こっちも暇じゃないんだにゃ!』

「あ、え、はい…すいません…」

『ま、いつも通りコーヒーなんだろうにゃけど! お前、今日はコーヒー1杯で何時間粘るつもりにゃ?』


 いやまぁ、そうなんだけど! そうなんだけどさ!

 ちなみに、今日はネームが出来上がるまで何時間でも粘りたいと思ってます!


「と、とりあえずコーヒーを1杯で…」

『はー、マジつまらん奴にゃ。たまにはケーキセットでも頼むにゃ』

「え、じゃ、じゃあそれも…」

『ご注文を確認致します♪ 日替わりケーキセットお一つ、お飲み物はコーヒーでよろしいでしょうか? よろしければYESの表示をタッチしてください♪』


 タブレットの画面が切り替わり、YESとNOの表示が現れる。


「えっと…」

『さっさとYESを押すにゃ! 全くもって鈍くさい奴にゃ~!』


 ARタッチパネルじゃなくて物理タッチパネルであることに驚きつつも、ナナちゃん(?)のタブレットに映ったYES表示を押す。ピコーンとかパコーンとか、低品質スピーカーから割れきって原音不明の効果音が鳴り響き、注文が完了したようだ。


『んじゃ、大人しく待ってるにゃ』

「あ、はい…」


 移動に合わせて謎のBGMを垂れ流しながら、ドラム型ロボットはゆっくりとした走行スピードで店の奥へと引っ込んでいく。僕はその後姿を追いかける途中で、視界の片隅に入った白い耳に気付いた。


「あ、ムツキちゃん、すいません!」

『はーい! いまお伺いしますウサ~』


 6号機、うさ耳型給仕ロボ、ムツキちゃんを呼ぶ。


「あの、あれ、ナナちゃんですか?」

『はいウサ。あれはナナちゃんですウサ』

「ど、どうしてあんな姿に…。しかも、なんか態度が変わっていません…?」


 態度というか、人格が変わってる気がした。


『ええ、まぁ…』


 ムツキちゃんはポリポリと頬を掻きつつ、明後日の方向を向く。


『実は、先日自動運転車が走行中にエラーを起こして突っ込んで来まして…。ナナちゃん轢かれちゃったんですよね…あ、ウサ』

 

 ムツキちゃんも語尾を忘れてるぞ!?


「で、まぁ、その、人工脳ユニットは回収出来たんですけど、ボディは再起不能になっちゃったウサなんですよ」


 今度は語尾じゃなくなってる!?


「そ、そうだったんですか…。それで、古いボディにユニットが仮移植されてると…」

『ええ、そうウサなんです。けど、それだけじゃなくって…』

「移植に問題があったんですか?」

『その…ナナちゃん、新型ボディを失っちゃってから様子もおかしくなっちゃって…。仮ボディに移植した直後、メンテナンスルームで大暴れするし…。皆で拘束するのが大変だったんですよ? それに、突然お客様に暴言を吐くし、接客も雑になるし…』

「な、なるほど…」

『80年くらい前の超格安中古ボディへの換装だったから、変なバグでも踏んでしまったんじゃないかって…。明後日メンテ業者が来て診てくれるらしいので、それまでちょっとだけご迷惑をお掛けします…―――あ、ウサ』


 確かに、ナナちゃんは配属されて以来、そのキュートな仕草と大変豊かなボディバランスによって、ファミレスのロボ給仕ランキング上位に立ち続けていた。

 それが突然、外部からのアクシデントによって断たれてしまえば、自暴自棄にもなってしまう、のか…?

 ロボットが? 自暴自棄に…?

 人間の脳を模した半有機体の人工脳を使っているとはいえ、あくまでそれは各種データを収納するコアユニットでしかない。

 全ての仕草や回答は、各センサーから取得した”TPO”に合わせて自動選択された返答であるし、彼女たちの仕草は相手の心理変動パターンを推測して展開されているものでしかない。

 心も、魂も無いというのに、自暴自棄になんてなれるというのだろうか。

 なお、心も魂もある僕は、自暴自棄になりたい気持ちはあるものの、全てを失う覚悟ができず、大人しく席につき、ARタブレットを開いて未完のネーム制作作業に入る。

 ここにコーヒーがくればもう完璧だ。

 今日こそ仕上げる。絶対に。

 仕上げないとまずい。締切に間に合わない。


「どうにか湧き出てくれ…次の展開…!」


 マンガの神様に祈りを捧げ、いざ―――


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