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 俺たちがこの街で泊る宿、迂恕アキツ賓館ホテルは正に駅の真ん前にある。

 南方鉄道が主要駅の周りに立てる高級賓館ハイクラスホテルの一つで、帝国でも一流の建築家が設計したまるで昔の要塞のような威厳に満ち溢れた、悪く言えば誇大妄想な威容が俺たちを迎えてくれる。

 一階の溜間ロビーに入り、足が沈み込んで抜けなくなるんじゃねぇかと心配なほどのフカフカの絨毯を踏みつつ、受付に向かい、お品のよろしい受付嬢に予約をあることを告げ、鍵を貰い、これまたお品の良さげな客室係の鹿角のお嬢さんに案内され、牛角の真面目そうな荷物係兄ちゃんに鞄を持たせ部屋に向かう。

 ま、陸軍将校の親睦団体『侍友会じゆうかい』会員だと結構安く泊まれるんで利用させてもらってるが、こういう上流のお宿もたまにはいいよな。なんか気疲れするけど。

 部屋も一番安い奴と聞いていたが、二つの寝室と一つの居間、便所と浴室まで備え、内装もこの辺りの原住民の織物のが柄を模した壁紙や、彼らの調度品の意匠を意識した家具を置くなど中々に凝った造りになっている。

 自分の寝室に荷物を放り込むと、シスルを誘って昼飯を食いに行くこととする。

 当然、この賓館ホテルにも食堂は有るが、せっかく迂恕うどに来たんだ。ここの名物を食わなきゃ損、損。

 辻待自動車タクシーを拾って街の北側に広がる繁華街へ向かう。

 鉱山や浮素瓦斯鉱床で景気が良いこの街にも、拓洋の華隆街ほどでもない物の賑やかな盛り場があり、そう言う所には必ずうまい物を食わせる店がある。

 辻待自動車タクシーを降り、昼間って言うのにいい具合に出来上がった夜勤明けの鉱夫や工員の間をすり抜け目当ての店に向かう。

 店内は予想通りほぼ満員。特製の焜炉こんろで巨大な肉塊を焼く煙で店内は濛々と煙り、酔漢が声高く談笑する声が満ち溢れ、牛角や羊角を生やした店員が注文を復唱する大声が響き渡る。

 虎走山脈周辺で育てられてる子供の背丈ほどある飛べない鳥『ドンゾ鳥』の胸肉や脚の肉を、香辛料を効かせたタレに付け込み焼くだけ料理。

 元々は鉱山や浮素鉱床で働く連中が安く腹いっぱいに食べられるように考え出されたモノらしいが、これがめっぽう美味くこの辺りの名物になっている。

 何とか席に着くと、いい具合の肉付きの牛角のおねぇちゃんに脚と胸両方、俺用に麦酒、シスルのお嬢ちゃん用にどんぶり飯を注文し、ついでに「鳥も美味そうだけど、君も美味そうだねぇ、注文して良い?」とおねぇちゃんをからかい「嫌ですよォ、お客様ぁ」とまんざら悪そうな風でも無く二の腕をピシャリと叩かれつつ返される。その一部始終を生ごみを見る様な目で見るシスル。

 ほどなく注文の品が来る。真っ赤に漬け込まれた雑誌くらいの広さの胸肉と、俺の腕ほどもある骨付き脚肉。こいつらが炭火がいこる焜炉こんろに置かれると、何と言えないスバラシイ香りが立ち込める。シスルお嬢の目はすぐさま鳥肉を凝視する。正に飢えた獣だ。頼もしいね。

 いい塩梅に焼きあがると、各々に渡された小刀で好きなだけ切り取って自分の皿に盛り、薬味を付けたりして食う。

 カエルやネズミまで喰らうと言うドンゾ鳥の濃厚な旨味に香辛料の風味がいい具合に合わさり酒が進む。当然、飯にも合いシスルはどんぶりの麦飯の上に山ほど肉を盛り、親の仇の様にがっつく。

 同い年の女学生が、小さな口でお上品に菓子を食べている様とは大違い。まぁ、こっちの方が健康的で見てて気持ちが良いがね。

 腹が有る程度くちくなり、お嬢の機嫌が良さげな頃合いを見計らい、前々から聞いてみたかったことを口にしてみる。


「なぁ、お前さんよ、俺は前から不思議に思う事があってな、お姉さんの形見の角を届けてくれた娘、ショニ族のチュナから姉さんの事、詳しく聞けなかったのかなって。もしその時に聞けてたら、クズギのクソ野郎に騙されずに済んだんじゃねぇかってな。まぁ、気を悪くしなさんな」


 ピタリとどんぶり飯を掻き込む箸を止め、なぜかすまなさそうにちらりとあの黒曜石の瞳で俺を見ると、どんぶりと箸を置き、胸元に手をやる。姉の角がぶら下がってる辺りだ。


「詳しく話してくれなかった。あの角折れの女の人。ただ亡くなった、お墓は作ってもらえた、それだけ言って、姉ぇの角を渡してくれて帰っていった。かかが長旅で疲れているだろうから泊って行けと言うのも聞かずにな」

「そうなのか?でもなんでまたそんな話を大端折りしたんだろ?」

「今思えば、あがが姉ぇを殺した奴等に仇討ちをすると思ったんだろ。詳しい事を言ってしまえばそいつらを探し出して殺しに行くだろうと、でも返り討ちにあって死んでしまうだろうと。角折れの人は、あが達ネールワルの事を知っていたと思う。ショニの民はネールワルと良く商いをしたりしていたからな」


 そして、小刀を取り脚肉を自分の手のひら大に切り取ると、自分のどんぶりに置いてまた飯と一緒に掻き込む。 

 それからまたどんぶりから顔を上げ、唇をタレで赤く染め、頬に飯粒を付け。


「けど、逆にそんな言い方をされたら、知りたくなるだろ?なんで頭が良くて物知りで優しくてあがが大好きな姉ぇが、遠い遠い所で死ななきゃならなかったのか?誰が姉ぇを死なせたのか?」


 そう言って、また小刀を取ると、今度は胸肉に刃を突き立て良く焼けた肉塊を切り取りどんぶり飯と一緒に掻き込む。

 これである程度真相は明らかになった。

 チュナ嬢はネールワルの気高さと猛々しさを知っていて、あえて詳しいことは話さず形見の角だけを届けに行ったのだろう。

 しかし、言っちゃ悪いがそんな気遣いが通用するような珠じゃねぇのが俺様の相棒、シスル様だ。

 大好きな姉の死の真相を突き止めるために旅立ち、遥か八千 キロという途方もない距離を超えて拓洋の街までたどり着いたのだ。


「最初に姉ぇに出会い騙した人買いを見つけて締め上げ、そいつが姉ぇを売った奴等の大本が拓洋って街にあると聞きだした。そこからあちこちで仕事をして金を稼ぎながら拓洋を目指した。二年かかった」


 シスルに締め上げられた人買い野郎には少し同情するが、人買いなんて悪党の終わり方なんて悲惨なもんで当然だ。

 それにして二年もの間、この娘がどんな思いで南方大陸を彷徨ったのか?想像すら出来ねぇ。そのあちこちでした『仕事』ってもお給仕さんなんかじゃねぇことは間違い。

 俺がそんな感慨を弄んでいる間にも、シスルはどんぶりを空っぽにしていた。

 物欲しげな目で俺を見るので大声で店の娘を呼ぶ。

「ご飯!大盛お代わり!それから胸肉も追加で!麦酒の大瓶も頼むわ!」

 なんか余計にこいつに腹いっぱい食ってもらいたい気分になった。

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