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神掌湾の海原が車窓に映ったのは出発から半日後の朝十一時。
椰子の葉葺きの集落や魚を獲る帆掛け船、真っ青な海に淡い水色のいサンゴ礁、そして目に痛いほど白い砂浜など、いかにも南国の海と言った景色が延々と続く。
そいつを眺めながら、車内販売の
酢で〆た青背の魚に酢飯を詰め込みカッチカチに締め上げた、まほらま人伝統の弁当『青背魚の熟れ物』だ。
昨日のうちに食わなかったのは料理長から『絶対に、一晩はおいて食べてくださいよ。その方が間違いなく美味いですからね』と念を押されたため。
確かにそうだ、酸味がまろやかになり青背魚の締まり具合具居合も絶品になっている。
御主人の方は「これは酒が進みますな」と上機嫌で、奥方の方は「私の郷のお祭りを思い出しますわ」と懐かし気。
で、我らがシスル姫はと言うと、当然ペロリと完食。機嫌よく半分を同乗者に振る舞う俺を恨めし気に見て「他人にやるなら自分によこせ」と言わんばかり。
凄まじい貪欲さだぜ。
夕方の五時に
ここでまほらま人ご夫婦とはお別れ、丁寧に別れを述べてもらい、互いに旅の無事を祈りあう。
次に乗り込んできたのはまた夫婦者、ただし今度は二十代半ばの若夫婦。二人ともハン族で亭主は髪を七三に分け分厚い眼鏡を掛けた大人し気な男で、女房のほうはコロコロとふくよかでよく笑う朗らかな女性。その間に女房のにそっくりな三つくらいの女の子。最初は人見知りして母親の陰に隠れてこちらをジッと観察していたが、元から人懐っこい性質なのか徐々に慣れて来て、シスル相手にじゃれてくるようになった。
相手になってやったシスルの方もまんざらでは無く、変顔をしてやったり一緒に車内を探検したりとよく相手をしてやっている。
子供の扱いがあまりにも上手なので聞いてみると。
「
これだけ聞くと、本当に田舎の普通の娘だ。
新しい同乗者だが、旦那の勤め先は『南方浮素株式会社』が持っている浮素関連技術の研究所。
祖領望海京にある望海京大学の大学院を卒業しすぐさま南方浮素に入社。最初の任地である
浮素は全球の軍事的均衡を左右する戦略兵器、飛行戦闘艦や、いまや物流や人の移動に欠かせなくなった飛行船の浮力の源になる元素だ。
その質量は水素よりもはるかに少なく、鋼鉄の箱に充満させればまるで重力が遮断されたように軽々と浮き天まで上ってしまう。
南方大陸を背骨の様に東西に延びる中央大山脈近辺が最も知られた包蔵地で、大抵は地底深くの瓦斯溜まりに超高圧の状態で閉じ込められている。
以前は、
この旦那も今は二等寝台の乗客だが、行く行くは一等か特等寝台でふんぞり返れるほどの高給取りになるだろう。
今の内から仲良くなっとこうかなぁ~。
しかし。
「水素や
と、こんな話を中等学校の物理の成績万年『不可』だった俺と、つい最近まで電気すら通って無かった田舎で暮らしてたシスル相手に延々としてくる。
おれはまぁ、社会人だからご機嫌を損ねない様に適当に相槌を打てるが、可哀想なのはシスルだ。だんだん目がうつろになり、しまいには舟をこぎ始める始末。
それでも大先生はお構いなしに浮素が秘める深遠なる謎を興奮気味にご教授下さるわけだ。
正直しんどい・・・・・・。
高々数時間同席してる俺たちですらこんな有様だ。一つ屋根でずっと暮らしてる女房はさぞかし大変だろう。
そこで旦那が小用を足しに席を外した機会にそれとなく聞いてみると。
「夫が仕事と学問にしか興味が無いと言う事はよろしいことじゃございません?他にかまけて家族を蔑ろにすることが無いと言う事ですもの、妻にとっては良い夫でございますよ」
と、答えた後愉快気にコロコロと笑う。
中々強かな嫁さんだが、こういう男ほど変な遊びを覚えたら怖いですぜ奥方。
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