月桃館五〇三号室の男 番外編三 冬の旅

山極 由磨

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皇紀八三六年雨月二十三日 二十一時00分

アキツ諸侯連邦帝国新領拓洋特別州拓洋市西塞区 南方大陸鉄道北岸線西塞駅


 いい塩梅に出来上がった酔っ払いをかなり遠慮気味な警笛クラクションで退かせて停車出来る場所を道端に作ると、俺達が住まいにしている旅荘ホテル月桃館げっとうかん女主人マダム、ジングウ・ユイレンさんが、あの心蕩かしそうな微笑みを浮かべ、運転席から振り返り。


「オタケベ様、それにシスルちゃん、道中のご無事、心からお祈りしています」


 そして月桃館げっとうかんのバン・カホウ料理長が作った弁当の包みを手渡してくれる。


「有難うございます女主人マダム。っても仕事がらみの旅じゃねぇんで、心配しなきゃらねぇのは置き引きスリかっぱらいの類程度ですよ」


 と、軽口を交えて礼を言うと、俺の相棒、シスルも鳥打帽を脱ぎもじゃもじゃ頭とカモシカ角を見せた後ペコリと頭を下げ「有難う。ございます。」

 それに対してユイレンさんもすこしおどけた風で。


「まぁ、お二人なら悪人も恐れをなして近づかないでしょうけどね、泣く子も黙る特務の軍人さんですもの。でもライドウ様はお怪我を召されている身。努々油断為されてはいけませんよ」


 と、まるで我が息子を心配する様な物言い。

 嗚呼、こんな優しく美しいお母様に育てられたいだけの人生だった・・・・・・。

 軍払い下げの十八式小型乗用車から杖を頼りに降りると、また遠慮気味な警笛クラクションで暫しの別れを告げるユイレンさん。俺たち二人も手を振ってこたえる。

 しっかし、骨は無事だったものの、牡鹿を一撃で倒す九粒散弾を二粒も喰らった俺の左腿。医者の手当てと俺様の回復力のお陰で大事には至らなかったが、今でも筋肉が引きつる様に痛みは不便この上無ぇ。それに派手にブチ折られた右の肋骨もまだ痛む。

 チキショウ、あのゴルステスとか言うバルハルディア野郎。叩き殺したがまだ殺したりねぇぜ。

 振り返れば闇夜を背景に街灯に照らされた白亜の南方大陸鉄道北岸線西塞駅。

 北側広場には、もうこんな時間なのに何台もの辻待自動車タクシー乗合自動車バスが所狭しと客を待ち、次々と乗り込ませて走り出す。

 そこここには散々にきこしめしたのかフラフラ駅舎に向かう酔っ払いのオッサンや、腕や懐から取り出した時計を睨みながら旅行鞄を片手に駅舎に走る勤め人、大きな行李トランクに腰かけ頬杖ついて辺りをぼんやり眺める尻尾付きのお嬢さん、ヤドカリよろしく大荷物を背負う山羊角鹿角の行商人のおじさんおばさん。駅にまつわる色んな人々が散見できる。

 さすが、拓洋最大の歓楽街『華隆街かりゅうがい』のど真ん中の駅ってところだ。

 帆布の旅行鞄片手に俺も駅舎に向かう。シスルも頭陀袋をひょいと肩にかけ俺についてくる。

 駅舎に入る手前。巨大な軒先を支える大理石の柱の根元に、黒ずんだボロ布の塊が積んである。

 よく見ると木の枝みたいな垢塗れの手足が付いている。浮浪児だ。他の柱の下にもボロ布の塊のような浮浪児が座り込むか寝転がるかしている。

 新領各地が戦場になった全球大戦では軍民合わせて八百万もの死者が出た。

 死人が出ると言う事は残される家族も出たと言う事で、当然一族郎党を自分以外全員失う子供も出て来る。

 経済基盤の弱い田舎ではそんな子を養う力が無く、勢い都会に流れて来ることになり、浮浪児として街角や駅を住まいにするしかなくなると言う具合だ。

 幸い、拓洋は常夏の都。凍えてくたばる事だけは無いが、幸いはそれだけ。身寄りのない子供を襲う運命のえげつなさは基本変わらねぇ。

 帝国内務院と新領総督府は浮浪児対策として各地に孤児院をオッ建てたが、待遇が悪すぎて脱走者が後を絶たないとも聞く。

 そりゃ、国から賜る運営費を施設の連中が懐にナイナイするわ、麦わらの入った麺麭パンやらお湯みたいな粥しか食わさねぇわ、蚤や虱は涌き放題だわ、朝な夕なに殴る蹴る犯すやらされると、逃げたくなるのも無理はねぇ。

 うつろな目で宙を見つめるその浮浪児の前で、なぜかシスルの奴は一瞬立ち止まる。それから頭陀袋に手を突っ込むと何かを一握り掴みだし、素早く浮浪児の前に置いて立ち去る。

 黒砂糖の飴玉が五つ。

「無駄な事はやめな」とたしなめようと思ったが、俺を見つめる二つの磨き抜かれた黒曜石に似た瞳には、強い意思が頑固に宿ってるのが見て取れた。

 口をつぐむことにする。やりたいようにやらせるさ。

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