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 虎走山脈一帯の森林地帯では土匪ゲリラや山賊の類が跳梁し、結構な被害が出ていると聞いている。

 山では山賊や土匪、街では侠門きょうもん幣門ぱんもんが余剰武器で武装化し、海では食い詰めた漁師や弱小船主が海賊に成り、空でも新領防衛戦争以降大量に造船された小型飛行船に乗った空賊共が、略奪や密輸などの悪事にふける。

 大国同士は戦疲れでぶつかることは無くなったが、かといって世間が平和になったわけじゃない。

 粋でベッピンなお姉さんと、ちょいと怖そうだが可愛い娘が乗った客室を、郷里の夜這いか兵隊になってからの色町通いで、やっとこ『大人』になったニキビずらの二等兵たちがチラチラ覗いてくるのを気にしながら「ま、お互い精々気を付けて商売しましょうや」とおねぇさんに言うと、あいても艶っぽく笑って「そうでございますわねぇ」

 まぁ、俺の本当の『商売』が、益々忙しくなるのは間違いなさそうだがね。

 忙しくなっても儲けにゃならないが。

 それから以降、おねぇさんとは新領のどの土地の何が美味いとか、どこの街のどの旅荘ホテルが快適だとか、風光明媚な場所とか、逆に近寄らない方が無難な場所とか、そんな差しさわりの無い無難な話題で花を咲かせた。

 兵隊共が乗って来たからと言う訳じゃないが、外の景色が曇天模様の空の下に広がる雪を被った山やら針葉樹林やらばかりになって来たもんで、せめて会話だけでも明るくしようと努めてそうしたってのはある。

 おかげで二人とも打ち解けて来て、消灯時間になるころには。


「旦那様、夜陰に紛れて悪さしようとしてもよろしゅうございますが、下の寝台のこの人が見張ってますからお気を付けあそばせ」

「なになに、私の方も上の寝台のコワイ娘憲兵が監視しておりますんでね、ご安心てお休みください」


 と、ちょっと艶っぽい冗談を言い合えるようになっていた。

 で、真夜中、ちょいと小用を足そうと寝台から出ると、前の寝台からあの潰れ耳のタタール男が俺をギロリと睨み、上からは夜目が猫並みに効くシスルの視線が俺を刺して来た。

 冗談の通じねぇ連中だぜ。

 丸い尻が四角くなるほど列車に揺られる事一日と四時間。終点の街、迂恕に到着。

 最後の同乗者はタタール男に子供の背丈ほどはあろうかという高級鞄店製の革製行李を二つも抱えさせつつ。


「それで旦那様、あたしはこれから役場や警察に行って営業許可やなんかの段取りを聞きに行って参りますんで、そちら様は?」

「私らは一旦は宿に荷物を預けに行こうって思ってます。駅前のアキツ賓館ホテルですよ」

「まぁ、高級な宿にお泊りですわねぇ、あたしらは常連様の別宅を自由に使ってよいと仰っていただいておりましてね、そちらを宿に致しますのよ。残念ですけど、ここでお別れですわね」


 と、いかにも残念そうに綺麗な眉をひそめつつ、これまた高級服飾店製の名刺入れから何ともいい香りのする名刺を取り出し。


「これも何かの縁でございましょ。拓洋にお戻りの際は私のお店にお越しくださいな」


 ここで初めておねぇさんの名前を知る。シェ・トウガ。店の場所は塵遠街でも超一等地・・・・・・。何回死線を潜れば行けるだけの金を稼げるだろうねぇ~。

 久々に地面に足を付け、強張った筋肉をほぐしつつ、トウガねぇさんに別れを告げ駅の出口を目指す。

 ここでもごった返す乗降客見送り客行商人物売りスリ置き引きかっぱらいをかき分けつつ進んでいると、シスルがポツリとつぶやいた。


なれよ、気付いてたか?あの女、素人じゃ無いぞ。その筋のモンじゃないのか?」

「流石、戦闘民族ネールワルの女だ。大正解、ありゃ玄人だ」


 俺は愉快な気持ちになって答えた。

 玄人って言っても水商売の世界の人間って意味じゃね。今の俺と同じ諜報や特殊工作の世界の人間って意味だ。

 一見、夜の街の実業家然とした振る舞いをして見せては居るが、その所作や物言いの端々に常に緊張を強いられる世界に生息する人種の息遣いを感じる。

 その上、どこかあえてそこの事を俺たちに感づかせる様にしているフシもある。


「何者だろう?敵方ならあんなに時間が有ったのに仕掛けて来ないのはおかしいしい、大体ああいう近づき方はしない。身内か?でもなんで?」


 またまた俺はコイツの鋭さに舌を巻いた。

 全く仰るお取り、委員会当たりが俺たちを消しに来たわけじゃねぇのは確かだ。あいつらなら買収した山賊に襲わせるか列車ごと吹っ飛ばすくらいのことやりかねねぇ。


「本領の特務とかましてや憲兵やら警察みたいな野暮ったいやつらが、あんなベッピンのねぇさんを差し向けてくることはねぇな。ああいうまどろっこしいやり方をするのは、帝国隠密庁で軍部の監視を専門にしてる情報局対内部第三課あたりだろ、新領特務に変な新入りが入ったらしい、いっちょ顔を拝んでやれ、って感じじゃねか?」


 帝国隠密庁。

 恐れ多くも畏くも皇帝陛下の御身をまもる『内舎人うちどねり』を、今から三百年ほど前に警護専門の部門と諜報専門の部門に分割して誕生させた諜報・特殊工作機関だ。

 形の上は宮内院の一部となっているが、実質的は皇帝陛下直属。同盟や連合、それらに属さない第四諸国のほか、帝国の諸侯、貴族、軍、新領の原住民、労働運動や過激思想、新興宗教も監視し、間諜や盗聴、傍受などの手段で情報を収集、必要とあらば暗殺、誘拐、破壊工作、偽情報の流布などの実力行使も行う。

 つまり、俺たちの同業者であり仲間でもあり、仕事が被る商売敵でもある。て、訳だ。

 それにしても、俺みたいななんちゃって間諜スパイつらを、本物の間諜スパイさまわざわざ拝みに来たとは、光栄なこった。

 こりゃ、是非ともトウガねぇさんのお店に顔出ししなきゃなんねぇな。これも公務だ飲み代は特務で出してもらおうか。

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