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昼飯が終わると、近くで花屋を見つけて花束を買い、また
制帽から一本角を突き出した鬚面の運転手に「西区の倉庫街と南区の『安寧院』って随神道の寺に行ってくれ」と、行先を告げると怪訝な顔をされた。
そりゃそうだ。花束を抱えた若い娘と間違いなく血のつながりなんて無いと解るオッサンが、倉庫と寺に行けってんだから不思議がるのは当然だ。
しばらく走ると街の喧騒は静まり、すこし寂しい一角にたどり着く。
浮素瓦斯採掘用の鋼管を保管しておく倉庫を集めた倉庫街だ。今では迂恕からさらに西の
この
見覚えのある倉庫の前で
当然、今でも使用されてる倉庫なので中に入ることは出来ない、よって外からシスルに説明してやることにした。
「あの黒い板壁の倉庫があるだろ?あの倉庫がお前のお姉さん達が閉じ込められてた場所だ。俺はあの屋根に攀じ登って天窓を破って綱で中に滑り降り、それにゴロツキ共が驚いてる隙に俺の部下が突入した。お前のお姉さんが半分以上もやっつけてくれたから、あっという間に片付いたぜ」
地元の憲兵隊に報告しなきゃならなかったんで、一応ゴロツキ共の死体を調べたが、コイツの姉さんに殺された奴等の有様は凄まじかった。首をへし折られたヤツ、両目をえぐられたヤツ、頭蓋骨をカチ割られたヤツに、肋骨が全部へし折れ心臓に刺さってた奴もいた。
シスルの話では大人しく病弱で一切戦いには参加してなかったと言う話だが、そう言う娘でも大の大人、それも喧嘩慣れした奴等をここまでに出来るのだ。
その分、奴らから受けた制裁も、身内には決して言えないようなもんだったが。
そして、シスルの奴も、ただ姉の最後の場所である倉庫を見つめるだけで詳しいことは聞こうとしない。
こいつも俺の思いもよらない様な修羅場を潜って来た。怒り狂った男共が女に何をするか、百も承知なんだろう。
胸に下がる姉の角を握りしめ、しばらく突っ立っていたが「もういい、墓に行こう」と歩き出した。
再び
雪を被った虎走山脈を前に見ながら走らせると、小さな町工場やごみごみとした長屋がクチャクチャっと集まった一角に出る。
鉱山や浮素鉱床で使う作業機械や工具を作る工場や、鉱山労働者や工場の従業員が暮らす長屋が集められた地域だ。目指す寺はそこに有る。
一応、石積みの塀と門で仕切られているが寺院の建物自体は簡素で、拓洋当たりの金持ちの寺や神殿とは比べ物にならねぇ。その後ろには延々と墓地が広がっている。
ほとんどが鉱山で落盤やら火災やらで死んだ鉱夫の物が、真新しいのは全球大戦での戦死者だろう。
西部戦線でもここから徴兵された兵が大勢斃れただろうし、この辺りでも
寺の中を覗いて神官を探すと、祭壇の前で白黒猫を抱えて居眠りしている爺さんを見つけた。ここの神官だ。
目を覚まし、俺の姿を認めると覚えていたらしく。
「おうおう、これはこれは、お懐かしいですなぁ、あの娘さんの
と、猫をかかえたまま戸口までやって来た。
そして、俺の傍らでぼっと立つシスルの姿を認めると「娘さんのご身内で?」
俺の代わりにシスル自らが答える。
「エルツァンポ
「ああ、妹さんですかのぉ、ようお越しになられた。お姉さんも喜ばれますぞ」
と、抱えていた猫を床におろし「遊んどいで、遠くに行っちゃいかんぞ」と声をかけ、衣紋掛けの神官衣を羽織ると草履を履いて。
「どれ、行きますかの」と裏の墓場へと歩き出す。
数えるのが不可能なほど墓石の数だったが、比較的新しいシスルの姉の墓はすぐに見つかった。
小さな墓石だが、俺と部下が懐の金を出し合い、寺院の近くの石工にたのんで作ってもらった。ただ、名前を知らなかったので墓碑銘の名前の入る場所だけ開けてある。
花入れにはすでに真新しい花束がいけてあった。
「あの娘さんに助けられた子らがこうして花を持ってきなさるんじゃ、命の恩人じゃものな、良い功徳を積まれた。きっと来世では穏やかに幸せにお過ごしじゃろう」
そして、随神道の聖典にある死者の来世での幸福を祈る一節を唱える。
俺も空で唱えあっれる奴だ。死んじまった仲間や部下を、あちこちの戦場で埋葬したり
抱えていた花束を墓前に置き、胸に掛けた姉の角を握りしめ、空いた手で墓石を優しく撫でながらシスルは何かをつぶやいていた。
ネールワルの祈りの言葉か?姉へかける言葉か?あえて聞かない事にする。
最後に、額を墓石にコツンと当てたあと、立ち上がったシスルは。
「ありがとう、ライドウよ。姉ぇを弔ってくれて、それに、ここまで連れて来てくれて・・・・・・。また恩が増えたな。これからも
と、なぜか恥ずかしそうにモジモジしながら俺の目を見ずに言う。
「気にすんない、これからの事は俺からも頼むぜ」
寺院に戻ると、シスルがクズギから受け取った金の一部、五十圓(十万円)を神官に押し付け、固辞するのを聞かずに逃げるように寺院を出てゆく。
困り顔の神官に「ま、永代供養の費用だって思って取っといてくださいよ」と言い残し俺もその場を離れた。
追いついた俺を認めたシスルは、どこか清々し気な顔で言った。
「墓に姉ぇの名前を入れなきゃな。墓を作ってくれた石工の所に連れて行ってくれ」
「承知した。この近くだ」
俺はそう答え、相棒を連れて歩き出した。
終わり
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