第880話 また会う日までのサヨナラ

 室矢むろや重遠しげとおは、両手で持つ刀により、斬撃を繰り出す。

 ゆったりとした動きで、一寸でも早く相手の急所に刺しこむわけではない。


 対する山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんは、折れた脇差を投げ捨て、同じく両手で握った刀による応戦。


 踏み込みつつの斬りつけで、刃が空を切る音が続く。


 超空間のネットワークのおかげで、安全なリビングで見ている二条にじょうすみれは、小さな畳の上で正座のまま、呟く。


「楽しそう……」


 どちらも、笑顔だ。

 刃同士がぶつかり、火花と耳を塞ぎたくなる音が続くのに。


 解説役になった北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおが、それぞれに言う。


「うん……。まさか、真剣同士で剣道を見られるなんて」

「命懸けのお遊びね?」


 その発言にムッとなる菫だが、澪は真面目に言った。


 視線を感じた澪は、説明する。


「本来……。真剣というのは、切っ先で突くか、刃のどこかを当てて引くの」

「剣道の打突で有効になる部分が、理想的と言われているよ?」


「はい……」


「武芸者の立ち合いは、剣道とは違い、必ずどちらかが死ぬ。ゆえに、相手の不意を突くために技があるのよ」

「大半の流派は滅んだけど、かつては100を超える剣術があり、日本刀で思いつく技法はどこかが取り入れていた」


「居合もそうなんだけど……。立ったままと座った状態の2つがある」

「剣術によっては、片方だけを伝えている場合も多いの! 失伝もあったろうけど」


「この2人は、あまりに堂々としている」

「剣道よりも剣道らしいわ……。真剣の殺し合いじゃない」


 凪と澪の感心した様子に、菫は尋ねる。


「じゃあ、正しい真剣の扱いというのは?」


「片手で握り、肩も入れながらの突きとか」

「相手の防御も関係ないほどの強打ね?」


 いずれにせよ、先に相手を斬る。


 それに尽きる……。


 けれど、重遠と五郎左衛門はどちらも手傷を無視しての動きだ。


 遠く離れた場で女子が見守る中、いよいよ、最後の時。


 お互いに正面で向き合ったまま、それぞれの刀が上段へ。


「本当に、正気じゃない!」

「どちらも面で、競り勝ったほうが生き残るの!?」


 もはや、剣道の試合ですら、あり得ない構図。


 どちらも前へ突き進みつつ、鏡で映したように切っ先が半円を描いた。


 そして――


「楽しかったな?」

「ああ……」


 片方の剣士は、自身を深く切り裂かれたまま、笑顔で崩れ落ちた。


「お見事……」


 握っていた刀が、後を追うように地面へ向かう。


 急所ではなく、浅い傷に留まった室矢重遠は、血だらけの刀身を見た。


 1周目とは異なり、折れていない。


 切っ先を下げた重遠は、多くの人が見守っている中で、雄たけびを上げた。


 原作の千陣重遠と、今の室矢重遠。

 2人は、ついに悲願を達成したのだ。


 感無量の室矢家ハーレムメンバーだが――


 ファンファンファンファン


「澪ちゃん、警察だよ!」

「こんな時に!? じゃあ、また!」


 車が急発進する音が響き、超空間のネットワークから北垣凪と錬大路澪はログアウトした。


 目が点になった菫。


 同じ畳の上に座っている千陣せんじん夕花梨ゆかりが、ポツリと呟く。


「そういえば、あの2人は国際指名手配だったわね? 今は、どこにいるのかしら?」


 苦笑する女子に、声を出して笑う女子。


 正妻の南乃みなみの詩央里しおりが、パンパンと手を叩いた。


「こちらも、留学の準備を始めましょう! 忙しくなりますよ?」


 しかし、室矢家の全員が行くわけではない。


 留守番の菫は、ふうっと息を吐いた。


 下手をすれば、欧州から戻ってこられない。

 自分も行くべきだろうか?


「大丈夫よ! 数年なんて、あっという間……。超空間のネットワークがあるのだし」


 そちらを見れば、夕花梨がいた。


「はい……。夕花梨さんは?」


「一緒に行くわ! どうせ、実家にいても肩身が狭いだけだし」


 ここにいない凪と澪は、しばらく逃げ回るに違いない。


 自力で海を越えることも可能だが、重遠たちに迷惑をかけないため、それは避けるだろう。


「2周目は、室矢家が日本を支配するんですね……」



 ◇ ◇ ◇



 プライベートジェットの中は、俺たちだけ。


 それぞれにシートを確保しつつ、ワイワイと騒ぐ。


「寮は男女別で――」

「私たちのルームメイトは?」


「重遠! 行き先は?」


「ユニオンだ! 予定通り、あちらで爵位を手に入れないと」


 カレナの伝手で、何とかしよう。


「はい! では、パイロットに伝えてきます」


 やがて、窓の外の景色が動き出した。


 地上管制に指示された滑走路で、離陸するための加速へ。


 キィイイインと甲高い音が続き、ふわりと浮く。


「おおー!」

「いよいよ、ですね!」


「凪と澪も、間に合って良かった」


『うん!』

『指名手配の写真に話しかけるの、本当にやめて』


 超空間のネットワークで、2人からツッコミが入った。


 何にせよ、これで日本に心残りはない。


「あとは、世界だな?」

「魔術と貴族の本場……。また、死亡フラグですよ?」


 隣に座っている南乃詩央里に、笑いかけた。


「いつものことだ!」


 長い空の旅でも、プライベートジェットは快適だ。


「行ってくるぜ、千陣(重遠)……」


 御神刀になったまま、あいつは天に帰った。


 ここからは、室矢家としての時間だ。


「全てを制するだけの力と実績を引っ提げ、戻ってくるからな?」


 1周目のRTAは、無事に終了した。


 ここから欧州で暴れるのだが、それはまた別の話。



 ~Fin~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【2周目も完結】異能者が普通にいる世界へ転生したら死亡フラグだらけの件 ~原作知識よりもハーレムで対抗した結果~ 初雪空 @GINGO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ